妄想小説
思春期
二十三
その日の授業には一時間目に少しだけ遅刻して教室に入ったマリアだった。教室には隅っこに村中の姿を認めたが、素知らぬ振りをしていて目を合わせることもなかった。マリアは放課後には担任の井上薫に相談に行くことを心に決めていた。教室に入る前に廊下で薫と擦違ったマリアは声を掛けるか迷う。
「あら、マリアちゃん。今日は遅いじゃないの。どうしたの?」
「あ、いえ。あの・・・。放課後にちょっと相談したいことがあるので、いいですか?」
「いいわよ。職員室へいらっしゃい。今はもう授業が始まっちゃってるから教室に急ぎなさい。」
「はい、先生。あとで・・・。」
そう言ってマリアは担任と廊下で別れたのだった。
午前中の最後の授業は体育で、男子は武道場での柔道、女子は第二グランドでのバレーボールと別々だった。武道場で着替える男子とは別で女子だけ残った教室で体育着のシャツとブルマに着替えようとして生理が始まってしまったことに気づいたマリアだった。明らかに朝の事件のショックが影響しているようだった。始まるのはまだ先だと思っていたが、替えのショーツは念の為持ってきてはいた。ショーツの汚れは少しだけだったが、明らかに判る沁みが付いてしまっていた。マリアは新しいショーツとナプキンを手に女子トイレに走って行くのだった。
体育の授業が終わって教室に戻ってきたマリアは隣のクラスの生徒が教室の前の方で何やら騒いでいるのに気づいた。その多くは男子生徒のようだった。関わり合いにならないようにしようと自分の教室に入って着替えをしていたマリアは、鞄のロックが開いているのに気づく。
(まさか・・・)と思ったマリアが鞄の奥に入れておいた筈の汚れたショーツを探るが見当たらないのだった。その時、マリアの後ろで女子生徒たちの声が聞こえてきた。
「ねえ、隣のクラスの男子たち。何騒いでいるのかと思ったら、黒板に誰かが女の子のショーツを貼り出しているんですって。」
「えっ、誰のショーツ?」
「さあ、判らないけど。」
「いやあねえ。女の子の下着を晒し物にするなんて。」
「ウチの学校の子のかしら・・・。」
噂話がどんどん聞こえてくるにつれて、マリアは血の気が引いていくのを感じていた。静かに自分の席を立つと、廊下を知らん振りして歩いていきながら隣の教室の黒板の方をちらっと見る。黒板に貼り出されている女子用の白いショーツに付いているピンクの花柄は間違いなくさっき脱いで鞄にしまっておいた筈の自分のものだったのだ。
昼休みが終わった午後には、学校中に茶巾縛りの刑に遭った女子生徒が居るという噂が持ちきりになっていた。誰かが公園近くで捨てられていたという写真を持ち帰っていたからだ。近くに居た小学生からも、そんな女子が朝公園に居たという証言まで語られていたのだ。しかも拾われてきた茶巾縛りの刑の女子生徒が穿いていた丸見えのパンツはマリアの教室の隣で貼り出されていた女子用のパンツと柄がそっくりだというのだった。
マリアはもはや担任の井上薫へ村中たちがしたことを告発する事は出来ないのだと悟っていた。汚れたマリアのパンツを盗み取って貼り出したのはマリアに対する警告なのだった。マリアが自分がされたことを告げ口すれば、それは自分が被害にあったことを宣伝するようなものだからだ。
「ねえ、マリアさん。元気がないけど大丈夫?」
浮かぬ顔でずっと下を向いているマリアのところへ寄っていって声を掛けたのは智花だった。智花はその日、マリアが一時間目の授業に遅れて入ってきたことに気づいていた。
(もしや・・・。)
しかし智花はその事を級友の誰にも喋らないように気を付けていた。
(もし自分がそんな目に遭ったら・・・。)
そう思うのは、小学生時代に自分もガムテープでグルグル巻きにされるというのを経験していたからこそだった。智花は誰かが持ち帰ったという写真そのものは見ていなかったが、男子生徒等の噂話が聞こえて、被害に遭った少女がどんな目に遭ったのかは薄々分っていたのだった。
その噂話は職員室の井上薫のところまでも届いていた。生徒が騒いでいるという話をフィアンセの磯部純一から聞いていた。磯部は大学の時からの付き合いで、数年前に先に同じ中学に赴任して体育教師をやっているのだった。将来、結婚しようという話は交わしていたが、具体的に何時という話にまでは進んでいないのだった。
(安斉さん、何か相談したいみたいだったけど結局来なかったわ。何か悪い事に関係していなければいいのだけれど・・・。)
薫は心のうちにもやもや沸いてくる嫌な想像を必死で打ち消そうとしていた。
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