廊下逆立ち

妄想小説

思春期



 三

 「あっ・・・。」
 思わず声を挙げる琢也の前に、ずり下がったスカートの中から真っ白なショーツが露わになる。そんなあられもない姿を事も無げに逆さまになった茉莉子が得意げに笑顔を見せている。
 「どう、上手いでしょ? ボク、逆立ちは結構得意なんだ。」
 「お前、いいのかい? てっきりスカートの下は短パンでも穿いているんだと思ってた。」
 ひらりと再び床に着地した茉莉子に、琢也はどぎまぎしながら声を掛ける。
 「てへへ。驚いた? だって、期待してたでしょ? パンツ見えるの。」
 「い、いや・・・。」
 立上った茉莉子は軽くセーラー服の埃を手で払いながらポケットから出した鍵を美術準備室の扉の鍵穴に差し込む。
 「部室っていっても、倉庫みたいなもんよ。ちょっとオイル臭いけど平気でしょ? 油絵具使ったことあるのなら。」
 部室は確かに筆洗につかうテレピン油や絵の具を溶くリンシード・オイルの臭いが充満していた。しかし、それも琢也にとっては懐かしくも感じられる匂いだった。
 「美術部の子たちは、部活指定日の水曜の放課後しか来ないの。毎日来なくちゃならない運動部の部活が嫌だからって子ばかりだから。」
 「君はどうなの?」
 「ボクは結構ここ、気にいっていて入り浸ってる。って言っても、いつも絵、描いてる訳じゃなくて、ここで本読んでることも多いんだけどね。」
 確かにひと気のないしいんとした雰囲気は、落ち着いて本なんかを読むにはいい場所なのかもしれないと琢也も思い始める。
 「ね、ここ座って。この間ボクが描いたデッサンについて樫山クンの意見が訊きたいの。」
 茉莉子は琢也を美術準備室のベンチに座らせると、棚に置かれた幾つものスケッチブックの中から一冊取り出すと開いて琢也の横に座る。
 「これよ。どう?」
 茉莉子が広げたスケッチブックを覗きこむと、そこにはギリシャ彫刻を模した石膏のトルソーのデッサン画が木炭らしきもので描かれていた。
 「ううむ。どうって・・・。あんまりデッサンって描いたことないからなあ。輪郭は鋭いけれど、明暗がちょっとあやふやかな?」
 「そうか。やっぱり、そう思う? 何か足りないと思ったけど明暗ね。たしかに・・・。」
 茉莉子の息遣いが耳に感じられた気がしてふっと横を向くと、間近に茉莉子の顔があった。

茉莉子顔

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