妄想小説
思春期
四十一
その頃、女子テニス部の部室では顧問の磯部純一が双子の妹の方、麗花を相手にしどろもどろの状況にあった。
「ねえ、先生。先生は私の事が好きだから、あんな事したんでしょ?」
麗花が強い口調で言うと、どうしても純一は非難されているように思ってしまう。麗花にして欲しいと言われたとはいえ、教え子の手を縛って押し倒したのだ。しかも最後は中出しまでしてしまっている。
「勿論、君の事は好きだよ。」
純一は言質は取られないように言い方には気を付けたつもりだった。
「それなら両天秤みたいなことはしないでね。井上先生とはもう別れるって言って。」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。そんな事、急に言われても・・・。」
純一は何と切り返したらいいのか言葉が思いつかない。
「先生が別れないっていうんなら、校長先生にも相談するわよ。」
「おい、おい。そんな・・・。お願いだから、少しだけ時間をくれよ。」
顧問が部員の生徒に話しをしている状況ではなくなっていた。純一を困らせている麗花自身はどうしても純一と一緒になりたいというよりは、顧問の先生を困らせて愉しんでいるのと薫という同性に負けたくないという競争心のほうが強いのだった。
首を項垂れて純一が部室を出ていって、暫くして今度は薫本人が部室に現れたのだった。
「あら、上原麗花さん。おひとり? 磯部先生はいらっしゃらなかった?」
「ああ、井上先生。磯部先生を捜していらっしゃるの? 何か相談ごとですか?」
生徒の方が先生を気遣うような言い方だった。
「あ、いいのよ。気にしないで。」
薫は最後の頼みの綱として純一に相談してみるつもりで女子テニス部の部室までやってきたのだったが、当てが外れてしまったのだった。それに、薫はこの麗花という生徒が苦手だった。
「磯部先生がいらしたら、何かお伝えしておきましょうか。」
「本当に気にしなくていいから。私のほうで捜します。」
薫にしてみれば、生徒に何か頼めるような精神状態ではないのだった。そんな薫の精神状態を察してか、麗花は更に薫と追いつめることにする。
「井上先生。先生だから教えちゃうけど、磯部先生ったら、私の事を縄跳びの縄で縛って犯したのよ。」
「え、何ですって?」
「ほら、この縄跳びの縄よ。井上先生が縛られて犯されたっていう噂が広まったでしょ。井上先生は縄で縛られてどんな気持ちだったんでしょって言ったら、その時の気持ちを確かめたいから今、お前を縛らせてくれって言うの。駄目よ、そんな事って言ったんだけど、その時にはもう縛られていたわ。私、磯部先生に嫌われちゃうとテニス部に居辛くなるから我慢して先生にされるままになっていたの。そしたら先生ったら、私が新調したばっかのスコートを捲り上げてアンスコも脱がしたのよ。」
「何を言ってるの、あなた。そんな事、ある訳ないでしょ。嘘は言わないで。」
「嘘だと思うなら、磯部先生に訊いてみたら。」
「麗花さん。大人をからかうのはいい加減にしなさい。そんな出鱈目、大人には通用しないわよ。もう、貴方の話は聞きたくないわ。」
そうぴしゃりと言い捨てると、麗花を置いてテニス部の部室を飛び出す薫だった。しかしその時、ふと薫は気づいたのだった。
(あの日、そう言えば純一は私をアパートで待ち伏せしていた。そして言ったんだったわ。)
「いいんだ。僕は今、君のことを犯したいんだ。その為には君を縛るしかないんだ。」
何故急にあんなことを言い出すのか理解出来なかったのが、麗花の話を聴いた後、急に現実味を帯びてきたのだ。
(あれはもしかしたら麗花を縛って犯した直後だったのではないかしら。)
薫には亨のことで頭がいっぱいだった筈なのに、更に次なる問題が湧きあがってきているのだった。足早に去ろうとする薫の動向を少し見張っている必要があると感じた麗花は、そっと薫の後をつけることにした。
廊下の端に学校に戻ってきた亨の姿を見つけた薫は、つい思わず亨に近づいていった。
「村中クン・・・。」
「ん? なんだよ、先生。」
「ちょっと二人だけでお話しがしたいの。一緒に来てくれる?」
氷室から簡単に許すんじゃないぞと釘を刺されていた亨は、薫の声掛けは無視するつもりでいたのだが、(二人だけで)という言葉の誘惑に抗しかねて薫の後についていくことにした。薫が亨を導いたのは校舎の最上階を通り過ぎて更に上にあがった屋上なのだった。二人きりで話すには、そこしかないと薫は決めていたのだ。
薫は屋上へ出る扉を開けて亨を招じ入れると、自分も屋上に出て扉をきっちり閉める。本当は鍵を掛けたいのだが、屋上の扉は内側からしか掛けられない。それでもこんな時間に屋上に上って来る者は居ない筈だと薫は踏んだのだ。
「ねえ、村中クン。先生が悪かった。謝るからどうか許して欲しいの。」
「へえ、謝るだって。悪かったと認めるんだな。」
「ええ。先生、あの時はどうかしてたの。」
「先生。謝る時は土下座が基本じゃないのかな。」
「え、土下座って・・・。」
まさか、生徒にそこまで要求されるとは思っても居なかった。しかし土下座するしかなかった。
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