妄想小説
思春期
二十四
「上手く行ったか、亨?」
学校から帰ってきた村中亨に早速、朝の首尾を聴いていた氷室恭平は亨からの報告に満足そうだった。しかし亨自身は不安そうな顔をしている。
「だけど兄貴。大丈夫かな。あのマリアって奴が先公に垂れ込んだりしないかなあ。」
「大丈夫だよ。ちゃんと盗んだパンツを隣のクラスに貼り出しておいたんだろ。俺が撒いておいた写真に同じ柄のパンツが写ってるんだから、言い出せば自分が被害にあったって申告するようなもんだろ。さすがにそれは出来ないさ。」
「そうかあ・・・。自分からは言い出せないって訳だね。兄貴は頭がいいや。」
悪知恵だけは働く氷室兄貴を今更ながらに尊敬してしまう亨だった。
「そういや、お前に恥を掻かせたっていう新任教師。どんな奴なんだ? 今度、逢わせろや。」
「や、兄貴っ。逢わせろったって先公だよ。俺の兄貴に逢ってくれって言って、はいそうですかとはいかないですよ。ああ、今度の月曜に校庭で朝礼があるから、そん時校庭の外から見たら。生徒会顧問をしてるから、前のほうに並んでる筈だから。」
「ふうん、そうかい。可愛い顔して華奢な体つきっていうから、すぐに判るな。」
亨の答えにほくそ笑む氷室なのだった。
「ねえ、マリアさん。昨日、相談があるって言ってたのに職員室には来なかったわね。どうしたの?」
「いえ、先生。何でもありません。相談なんて特にはなかったのです。」
「そうなの? 男子生徒たちの間で変な噂が飛び交っているみたいだから、先生心配なの。」
(変な噂)と聞いてマリアの目尻がきっと鋭く吊り上がる。
「そんな噂とわたし、全然関係ありませんから。もし私がその噂の被害者で、そんな事が明るみに出るのだったら、私は首を括りますから。」
ぴしゃっと言い放つと薫を置いてさっと立ち去るマリアだった。
「ですから校長。何かあってからでは遅いんです。きちんと問い質さないと・・・。」
「君ねえ。被害者がちゃんと申し出て来ないと、そういう事は調査も出来ないんだよ。もし万が一、ウチの生徒に関係がなかったら、子供等を深く傷つけてしまうことにもなりかねないのだよ、井上先生。」
優柔不断とも取れる校長の煮え切らない対応に薫は苛立っていた。しかし確かに校長が言うように本人からの申告も確たる証拠のようなものも薫の手にはない以上、何も動けないのは重々承知の上ではあったのだが、校長なら何かいい策があるのではと期待した薫だったが只の期待外れに終わっただけだった。
「おう、亨よぉ。お前の担任の先公、しかと顔を拝ませて貰ってきたぜ。なかなかハクイ顔してんじゃねえか。それに結構気が強そうだ。気にいったぜ。お前、たしかあの先公にもぎゃふんと言わしてやりたいんだって言ってたよな。俺が手伝ってやるよ。」
「え、兄貴・・・。相手は先公だよ。やばいんじゃないの?」
「なあに、ドジ踏むようなことはしねえよ。その代りおメエも手伝うんだぜ。いいな。」
「あ、ああっ・・・。」
亨は氷室に手伝えと言われれば、やるしかない立場なのだった。
「俺が直接渡すとまじいからよ。な、頼むよ。俺からの手紙だって手渡してきてくれよぉ。」
それは実際には氷室から井上先生に手渡すように頼まれた手紙だった。薫先生を呼び出す手紙なのだが、差出人は亨になっているのだ。
「俺は関係ないって事になってんだろうな。」
頼まれたのは、先日マリアを茶巾の刑にするのに手伝った亨の悪ガキ仲間の一人だった。
「ああ、大丈夫。俺が差出人になってっからよ。」
「ふうん、村中君がねぇ・・・。ま、いいわ。預かっとく。」
薫は職員室にやってきた薫の生徒ではない男子生徒から村中亨が薫に宛てたという手紙を受け取る。空き時間に職員室で独りになった時にこっそり読んでみたのだ。
『先生に茶巾事件のことで告白したいことがあります。先生にだけ相談するので、放課後4時に体育館の用具室に来てください。村中亨』
手紙にはそう書いてあったのだ。中間試験前で放課後の部活の練習は禁止期間に入っている。誰も居ない筈の体育館で話したいというのはちょっと危険な気もしたのだが、幾ら男の子だと言っても所詮は中学生なのだからと手紙の要請通り一人で行ってみようと薫は思った。本当に告白するのなら、他にはあまり知られない方が後々のことを考えてもいいかもしれないとも思ったからだった。
次へ 先頭へ