デッサン教室

妄想小説

思春期



 十

 その日は部活指定日だったので、放課後初めて美術部の部室として使われている美術準備室へ向かった琢也だった。行ってみると、準備室ではなく隣の美術室の方に部員たちは集まって既にデッサンを始めている様子だった。準備室から美術室へ繋がる扉から入ろうとして琢也は踏み止まる。美術室の中に居たのは、ほぼ全員が女子生徒だったからだ。そんな場所へ自分がのこのこ入っていくのは場違いに思われたのだ。
 ちょっと躊躇して踵を返そうとしたところで、扉は向こうからガラリと開かれた。
 「あ、新入部員の樫山クンね。顧問の茂田先生から聞いているわよ。さ、こっちへ入って。」
 半ば強引に樫山の腕を取ったのは、見るからに先輩面をしているほっそりとした背の高い女子生徒だった。
 「あ、私は部長の佐々木よ。今日は石膏デッサンをすることになっているの。後で、先生がチェックに来られるから。えーっと、あそこのイーゼルが空いているわ。さ、座って。」
 部長だと名乗った佐々木という生徒に引っ張り込まれるようにして美術室に入った琢也は、美術室の空気が乳臭いような女の匂いで充満しているのに気づいた。初めてクラスメートの茉莉子に連れて来られた時は、テレピン油の臭いしかしなかったので、面くらってしまう。
 「えーっと、スケッチブックは持ってるわよね。今、木炭と食パンを出してあげるわ。あ、食パンは消しゴムとして使うの、知ってるわよね。」
 「あ、まあ・・・。」
 女たちの間を掻きわけるようにして引っ張りこまれた美術室の中の空いているイーゼルの前に座らされると、隣にいた部長とは別の女の子が手渡してくる木炭と食パンを受け取らざるを得ない。その生徒も先輩の部員らしかった。
 何気なく部屋をぐるっと見回して茉莉子の姿を部屋の一番奥の隅に見つける。しかし茉莉子の傍に行く訳には行かなかった。特定の女子と仲良くしているとは思われたくなかったのだ。茉莉子の方も気づいているのかいないのか、一心にイーゼル上のスケッチブックに向かっている様子だった。

 木炭デッサンは好きではないが、不得意な訳でもなかったので、モデルになっているミロのビーナスのレプリカをさっと描き上げてしまうとイーゼルにスケッチブックを残したまま立上る。
 ちょっとトイレに立つという雰囲気を出しながら静かに美術室を出た琢也を見咎める者は居なかったが、背後でひそひそ話をしている女子達が居るのは感じ取っていた。
 美術準備室から廊下に出ると、女臭いにおいで息が詰りそうだったので埃っぽい筈の教室の外が妙に新鮮な空気に感じられるのだった。音を立てないように廊下を歩くと、そのまま体育館の裏手の方へ独りで向かう琢也だった。

茉莉子顔

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