智花廊下近づき

妄想小説

思春期



 六

 翌朝、職員室へ寄って美術部への入部届を担任であり美術部の顧問もやっている美術教師の茂田を届けた後、自分の教室へ戻る際に長い廊下で向こうから近づいて来る人影に気づいた琢也だった。
 (あれは、上原智花(ともか)じゃないか・・・。)
 向こうも途中で琢也の方に気づいた様子だった。
 「あ、樫山クン。久しぶり。」
 智花は小学校最終学年の同級生だ。ただ琢也にとってはそれ以上の存在でもあった。
 「ああ、中学になって逢うのは初めてだね。」
 同級生だったので、話したことが無い訳ではない。しかし智花という下の名前で呼んだことは一度も無い。そればかりか、上原という苗字でも呼んだことはなかったかもしれなかった。
 「別々のクラスになっちゃったね。私は8組。」
 中学になってクラスが別れてしまったことを残念そうにも聞こえる言い方だった。
 「僕は一番隅っこの教室の1組。棟が違うからなんだね、滅多に逢わないのは。」
 「そうみたいね。ああ、この前は残念だったわね。」
 智花の(残念)という言葉を聞いてすぐにピンときた。小学校を卒業する前の年末、琢也の親友だった山岡が子供同士でお別れのクリスマス会をやろうと計画したのだったが、それが親の反対にあって潰れてしまったのだ。

双子姉妹

 智花は双子姉妹の姉の方で、小学校時代は妹の麗花(れいか)とは同じクラスだったので琢也もよく知っている。その麗花を親友の山岡が気にいっていて、本当は麗花を誘いたかったのだが、さすがに男女二人で逢うのは憚られたので琢也も誘われ、女の子は双子の姉妹両方を呼ぼうというのが山岡の作戦だった。麗花はクラス一番の人気女子で、可愛らしさと華やかさを兼ね揃えた男子羨望の女の子だった。しかし琢也自身は麗花の方はあまり好きでなく、むしろ利発だが気が強くて男勝りの姉の智花の方が気になる存在だったのだ。だから、山岡が密かに計画した子供同士のクリスマスパーティには、いやいやながら山岡に付き合う振りをしていたが、実は密かに心待ちにしていたのだった。それが何処からか子供達だけで男女がこっそりパーティをやるという話が親の誰かに洩れて、親同士で話し合ってパーティは中止となってしまったのだった。
 琢也も姉の智花は麗花のおつきあいで参加するのだと思っていたので、その智花の口から(残念だった)という言葉が出てくるのは意外だったのだ。
 「ああ。まあ、あれは仕方ないんじゃないか。」
 琢也はどうということもないと、心にもないことを口にしてしまったのだった。
 「そうね。まだ、私たち子供だったものね。」
 そう言った智花だが、智花、麗花の二人は女子たちの中でも大人びた方ではあった。それが、中学になって制服姿になって初めて観る智花は、琢也にはいっそう大人びて見えたのだった。
 親友の山岡は親たちからこっぴどく怒られたらしいが、双子の智花、麗花の方は親から何と言われたのかは琢也も聞いてなかった。琢也はと言えば、そんな話があったことすら親には一言も話していないのだった。琢也は智花に今、何か言わなくちゃと思うのだが言葉が出てこない。
 「それじゃ、また今度ね。」
 智花のほうが先に口を開いた。そう言って琢也の横をすり抜け去って行く智花を見送りながら、(今度なんてあるのだろうか・・・。)と自問自答する琢也なのだった。

茉莉子顔

  次へ   先頭へ




ページのトップへ戻る