妄想小説
思春期
三十二
「いい気持だった、先生も? わたしは気持ち良かった。やっぱり女は縛られてるほうが感じるみたい。もし井上先生も縛られていたのだとしたら気持よかった筈よ。」
少女の口から薫の名前を出されて、純一は一気に正気に返った。
(何てことをしてしまったんだ、俺は・・・。)
そう思ったが全ては後の祭りなのだった。
妹の麗花がそんな事になっているとも知らない姉の智花は、友達になった安斉マリアと一緒に帰宅していた。
「今日、井上先生が無事出勤したので私、ちょっと安心しちゃった。ねえ、マリア。貴方はどう思う、あの噂のこと。」
「先生が縛られて犯されたっていう噂の事? あり得ないわ。」
「え、どうして?」
「だって犯されたとしたら、それを知ってるのは犯した加害者と犯された被害者の先生ってことになるでしょ? 強姦をした犯人自身がそんな噂を流すかしら。ましてや、被害にあった本人がそんな事されたって噂は流さないわよね。もし第三者が目撃してたのだとしたら、その人は犯罪を見過ごしたってことになるわよね。見過ごしたのが誰だったのかがばれたらその人も罪を問われると思わない?」
「つまり当事者は噂を流す筈はないから作り話でしかあり得ないってことね。マリアさん。頭、いいわね。でも、何でそんな作り話の噂を流し始めた人が居たんだろう・・・。」
「井上先生が美人だから、妬んでいる人が貶めようとしたんでしょ、きっと。」
「ふうん・・・、なるほど。」
二人はいつしか公園の縁へやってきていた。マリアの身体が強張っているのに智花は気づかない。
「え、どうかした?」
「ううん。何でもないわ。私、ここから公園を横切っていくから。また明日ね。」
「ええ。じゃまた明日、マリアっ。」
マリアはたった一人になって暴行を受けた公園に踏み入っていく。恐怖心は無かった。むしろ口惜しさばかりが募ってくる。自分が受けた辱めを先生に訴え出ることも出来ないからだ。
マリアは智花が自分が披露した推理を、なるほど尤もだと素直に受け入れたことを不思議に思う。マリア自身は全く違う受け取り方をしていたからだ。
(自分があんな辱めを受けたのは、薫先生が亨に恥を掻かせたからだ。その仕返しを自分が受けることになったのは逆恨みだ。だから先生の方にこそ、罰を受けて貰わなければならない。先生が犯されたのだとすれば、それは自業自得なのだ。)
そんな事を考えながら、マリアは公園を横切っていたのだった。
(もうじき帰ってくる筈だな。)
アパートの陰で婚約者の薫が帰ってくるのを待ち受けている純一は、ポケットの中に隠し持った縄を手探りして確かめる。気の迷いから教え子の女子生徒を犯してしまった純一は、同じことを何としてでも自分の婚約者で果たしておかないと、心のバランスが取れないと思い込んでいたのだ。その為にわざわざ学校を早引けして待ち構えていたのだった。
車の音が聞こえてきた。聞き覚えのある薫の軽自動車の音だとすぐに純一には判った。
ドアが閉まる音を聞いてから、純一は物陰から出てくる。
「あれっ? どうしたの、純一さん。」
突然現れた純一の姿に吃驚はしたが疑いは抱かなかった薫だった。
「うん。ちょっと。確かめたいことがあって。今、いい?」
「ええ。いまドア、開けるわね。」
薫はアパートの鍵を出して、純一を招じ入れる。卓袱台の前に純一を座らせてからお茶を淹れようとキッチンに向かう薫を純一は音を立てないようにして後ろから追う。
(一気呵成にやらねば・・・。)
薫のアパートに向かう途中からずっと考えていた作戦だった。薫が流しに辿り着く前に純一は薫に後ろから抱きついて羽交い絞めにする。
「え、何? どうしたの、急に・・・。」
「いいから、こっちへ。」
卓袱台のある部屋へ薫を引き戻すと、そのまま床へ押し倒す。
「何? 藪から棒に・・・。」
薫が何か言おうとする前に、純一はポケットから縄を取り出していた。
「え、何するの・・・。」
純一は何もことわらずに薫の手首に縄を巻く。薫の身体を俯せにひっくり返すと縄を掛けた手首にもう片方の手首も重ね一気に縛り上げる。
「え、どうして・・・?」
「いいんだ。僕は今、君のことを犯したいんだ。その為には君を縛るしかないんだ。」
理屈にならない言い方に、薫は首を傾げる。
(自分を犯す・・・?)
薫には純一の言っていることが理解できない。しかし縛られているからと言って、恋人に抱かれていることに変わりはない。大声を挙げる訳にもゆかないと薫は思って、されるがままになっている。
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