妄想小説
思春期
二十九
ピン・ポーン。
突然鳴ったチャイムの音に、ベッドに伏せっていた薫はびくっとする。きっと氷室が自分を脅しにやってきたに違いないと思ったのだ。怯えた薫はおそるおそる覗き穴から相手を確認して、同僚で婚約者である磯部純一であるのを知って胸を撫で下ろしたのだった。
「大丈夫かい。学校を休んだって聞いたんで様子を見に来たんだ。」
そのまま帰すと余計に怪しまれると思った薫は仕方なしに招き入れることにする。
「風邪なんだって?」
「ええ、でももう大丈夫。解熱剤呑んだら熱も下がったし・・・。」
本当は薬など呑んではいないのだが、熱が無い事で嘘がばれては困ると思い、咄嗟に言い訳したのだった。
「そうか。じゃ、ちょっとだけ上るよ。」
純一は薫の合意も得ないままどんどん上がり込んでくる。
「お茶でも淹れるわ。」
「あ。いいよ、いいよ。病後なんだし・・・。」
「本当にもう大丈夫なのよ。」
そう言って台所に立ち、湯を沸かし始める。
「ねえ、ここに来なよ。」
勝手にソファの長椅子にどっかり腰を下ろした純一が隣を指さす。お湯が沸くまでと思って隣に座った途端に純一が肩に手を回してきた。
「あら、駄目っ。風邪が治ったばかりなんだから。」
「さっきもう大丈夫って言ったばかりじゃないか。実は心配してたんだ。」
「え、心配って?」
「君が誰かに犯されたなんて噂が飛び交っていたから。」
「え、貴方もそんな話聞いたの。 誰から?」
「いや、あっちこっちでさ。まさかとは思ったんだけど、休んでるっていうから・・・。」
「まさか、犯されただなんて・・・。」
「よかった。安心したよ。」
そう言いながら純一は薫の首に手を掛けて自分の方へ引き寄せ、口づけをしようとする。
(だめよ。)
そう言い掛けた薫だったが、変に拒めば余計に怪しまれると思い直し、素直に唇を合わせる。しかし純一はそれを合意の印と受け取ったらしく、唇をつけたまま薫を押し倒して上にのしかかってくる。
「だ、駄目よ・・・。今は。」
「どうして?」
「危険日なの。」
「大丈夫だよ。いつも上手くやってるじゃないか。」
純一はコンドームをするのを凄く嫌がる性格だった。だからその分、膣外射精で済ませるのが上手かった。そんな純一だったが、出来ちゃったら出来ちゃったで結婚しちゃえばいいからと言うようになってきたのだ。薫もそれで結婚に繋がるならそれでもいいと思い始めていた。
しかしその時ふと、もしこのまま子供が出来てしまったら、それは純一との子とは限らなくなってしまう事に気づいたのだった。自分を犯した男が体内に精液を放出したのは四度目と五度目だった。性液は薄くなっているに違いないとは思うのだが、だからといって妊娠しないとは限らない。誰のか判らない子を宿すわけにはゆかないのだった。
その時、火に掛けたケトルがピーッと音を立て始めた。薫は思い切って純一を突き放すようにして立上ると台所へ駆け込む。
「いいじゃないか。薬缶なんか沸きっ放しにしておいても平気だよ。」
「そうはいかないわ。お隣さんが変に思うわ。」
薫はわざとゆっくりとお茶を淹れると、純一には出したものの自分はもう隣には座らないことにしたのだった。
翌朝、薫はマスクをして教室に出た。風邪が治り切っていないので移すといけないからというのを装う為だった。しかし朝のホームルームであちこちから聞こえるひそひそ話はなかなか止まなかった。それを薫のほうから(そうじゃないのよ)と否定してみせることも出来ないのだった。
「じゃ、これでホームルームを終わります。一時間目まで静かに自習してること、いいわね。あ、村中君、ちょっと。」
薫はホームルームを終えると、出来るだけさり気ない風を装って村中亨を廊下へ呼び出す。
「なんだい、先生よ。」
「君にちょっと聞きたいことがあるの。」
薫は辺りを見回して他の生徒が廊下に出て来てないことを確認してから改めて問い質す。
「昨日の手紙は何なの?」
「え、手紙って? 何のことさ。」
「塚田って言ったかしら。あなたがいつも一緒に居る男の子。彼が職員室に貴方からだって昨日手紙を持ってきたわ。」
「ああ、それ・・・。昨日、塚田からも言われたんだけど、俺そんな手紙渡してないよ。」
「えっ・・・?」
薫は暫し絶句する。改めて目の前の亨の眼をじいっと見る。嘘を吐いたり惚けたりしていないか見定めようとしたが、どちらとも言えない表情だった。
「塚田君は何だって?」
「ああ。あいつ、誰か知らない男から俺が手紙を井上先生に渡したいって言付けたっていうんだ。何で直接、俺に渡さないんだってあいつに言われたんだよ。」
「え、じゃその誰か知らない男の人って、亨君も知らない人?」
「だって俺は会ってないもん。でも塚田が知らない男っていうんだから俺も多分知らない人だと思うよ。」
薫にはそれ以上二の句が継げなかった。これ以上聞くと逆に怪しまれると思ったからだ。
(誰かが村中亨を騙ったんだわ。)
そしてそれが誰なのか、薫には皆目見当もつかないのだった。
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