智花と麗花

妄想小説

思春期



 四十八

 やっと帰ってきた麗花を自分の部屋に呼んで、智花は麗花を問い詰めていた。
 「本当に、磯部先生とは何もないの?」
 「だから、何も無いって言ってるじゃないの。ただのテニス部顧問と、教え子の部員よ。それとも何か知ってて言ってるの?」
 「麗花って、時々本当のことを言わないことがあるから。」
 「何よ、それっ。そんなことあったかしら。」
 (だって、琢也クンのことだって・・・)そう言いそうになって智花はぐっと言葉を呑みこむ。
 「お姉ちゃん、もしかして私の部屋で何か見た?」
 (うっ、まずい。)
 咄嗟に智花は顔色を変えないようにする。
 「え、あなたの部屋に、何か都合の悪いモノでもあるの?」
 智花はそんな話は初めて聴いたというような顔をしてみせる。
 「ある訳ないじゃない。そんなもの・・・。」
 「私はクラスメートからいろいろ言われるの。磯部先生とあなたがいつも一緒に居るって。」
 智花は苦し紛れに出任せの嘘を吐いてみた。
 「そんな事、言ってる奴がいるの? 大丈夫よ。ただのやっかみなんだから。」
 智花は出任せの嘘がうまく麗花の部屋のモノから話を逸らしてくれたことにほっとする。
 「だって磯部先生って、ウチの担任の井上先生と付き合ってるって専らの噂でしょ。だからすぐ話題に昇るのよ。」
 「ふん、井上先生? あの人だって裏で何してるか判らないわよ。」
 「どういう事よ。裏でって・・・。」
 「何かよく知らないけど。あの先生、智花のクラスに居る悪ガキに何か握られてるみたい。」
 「悪ガキって・・・。村中亨って子のことかなあ?」
 「ああ、確かそんな名前よ。智花のクラスでその子の事、頬を張ったんでしょ? 皆んなの前で。」
 「そんな事、麗花のクラスにまで伝わってるの?」
 「まあね。井上先生ったら、その事を許して貰おうと亨って奴を屋上に引っ張り込んで土下座までしてたわ。そん時に、その亨って奴が井上先生の秘密を知ってるからって言ったら、途端に井上先生が低姿勢になって・・・。」
 (その子にフェラチオまでしたのよ)と言いそうになって、さすがにそれは黙っていることにした麗花だった。
 「井上先生の秘密って、いったい何かしら・・・。」
 妹の口から突然知りたかった井上薫の秘密が訊きだせそうになって智花は話をそちらに向ける。
 「さあね。でも何かビデオか何かがあるみたいな事を言ってたわ。」
 「言ってた? 麗花。あなた、それずっと立ち聞きしてたの?」
 「あ、いやだあ。屋上で休んでいたら、偶然聞こえてきただけよ。」
 智花はじっと麗花を見つめる。途端に双子の妹、麗花は顔を逸らす。
 (嘘なのだ。偶然、麗花がそんな場所に居合わせる訳がない。)
 智花は妹の麗花が井上先生の動向をずっと見張っていたのに違いないと確信した。ずっと子供の頃から見てきた麗花が嘘を吐く時の顔を今、姉の智花の前で見せたのだ。
 (井上先生が何かの事で、村中亨に弱みを握られているというのは間違いなさそうだわ。)
 智花は、麗花が自分と磯部先生の事に話が及びそうになったので、話を逸らす為につい余計な事まで持ちだしたのだと推理するのだった。

 智花が妹の麗花から訊きだした情報は早速、茉莉子の元へもたらされた。
 「井上先生はやっぱり村中と、あいつが兄貴と慕ってる男に何か弱みを握られているのね。」
 「そう思うわ。亨はあんまり頭がいい方じゃないから、首謀者はおそらく兄貴っていってる氷室とか言う男に違いないわ。」
 「ねえ、この情報を元に琢也に推理して貰った方がいい。彼、そういうの得意みたいだから。」
 「樫山クンかあ。ちょっと恥ずかしいなあ。」
 「あら、何でよ。彼、貴方に声掛けられたらきっと喜ぶと思うわ。」
 「そう? でも、もうちょっとちゃんとした情報を掴んでからにしたいわ。」
 「そうね。いいわよ。あ、そうだ。この間、張り込んでた時、例の河川敷のプレハブ小屋に村中ったら、鍵も使わずに入り込んでた。きっとあそこ、鍵が掛かってないのよ。調べてみない?」
 「え、大丈夫? そんな事して・・・。」
 「氷室ってやつは夜まで帰ってこないでしょ? あとは村中さえ何とかして引き留めておけば・・・。そうだ、ねえ。貴方、村中とは同じクラスだから彼を何とか引き留められないかしら。」

茉莉子顔

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