妄想小説
思春期
十五
琢也と茉莉子が教室に滑り込んだのはもう午後の授業のチャイムが鳴り出している時だった。示し合わせた訳ではなかったが琢也は前の扉から、茉莉子は後ろの扉から別々に教室に入る。午後の授業は数学だった。数学は新しく赴任してきた女性の教師、井上薫が担当だった。
(井上先生って、確か8組の担任だったな。)
琢也は井上薫が上原智花のクラスの担任であることを思い返していた。
数学を教える女性教師というのは珍しかった。華奢な体つきでショートカットの髪はボーイッシュなイメージではあったが、顔つきは愛くるしいというタイプで男子生徒には密かに人気が高いようだった。まだ教師になったばかりの新任で、それなのに赴任したばかりで生徒会の顧問をするというのも珍しかった。
「数学は、高校受験にも大事な科目だから一生懸命勉強していきましょうね。」
最初の授業で井上教師はそう言ったのだが、教える上ではかなり厳しいと専らの噂だった。琢也は斜め後ろの茉莉子の方をちらっと振向いて様子を窺ったが、茉莉子は何事もなかったかのように教科書に集中している風だったので、琢也も授業に集中することにしたのだった。
「昨日、デッサン描いたままでそのままにしてきちゃったからちょっと美術室行ってくる。」
放課後になって茉莉子に断わるでもなく、そう声を掛けて美術室のある校舎に向かおうとすると後ろから声が掛かった。
「あ、ボクも行くから。」
琢也は茉莉子がワタシと言ったりボクと言ったり使い分けているのに今更ながら気が付く。
「だって美術準備室の鍵、持ってるから。」
茉莉子の声に首を傾げながら美術室に着いた琢也はイーゼルもスケッチブックもすっかり片付けられていて漸く美術準備室の鍵が必要だったことに改めて気が付く。
「昨日、ワタシが片付けて置いたから。」
そう言いながら美術準備室の鍵を開けると、先に中に入って棚から琢也のスケッチブックを取り出す。それを受け取ってから辺りを見回して他に誰も居ないことを確かめてから琢也は切り出す。
「お前、僕の事好きでもないのにキスしてきたのは、あそこがどうなるのか確かめたかったからだろ?」
「え、ばれたか。どうしても一度、見てみたかったの。でも、琢也の事、別に嫌いな訳じゃないよ。」
茉莉子は敢えて(好きだ)とも言わないのだった。
「でも、気持ちよかったんでしょ。そうよね? 男の子っていいなあ。射精すると気持ちよくなれるんだから。」
「女だって気持よくなることはあるんじゃないのか?」
「え? だって女は射精しないもの。女は代りに生理があるけど、あれは気持ちよくはないわ。嫌な気持になるだけ。女になって損したって思う瞬間よ。」
「へえ。そんなもんかなあ。」
「ねえ、琢也クンは精通は何時?」
「精通? 何だ、それ?」
「え。 精通、知らないの? 初めて射精することでしょ。」
「ふうん、精通っていうのか。初潮みたいなもんだな。」
「あら、精通は知らないのに初潮は知ってるのね。」
「そ、そりゃあ・・・。お前は、何時なんだよ。初潮が来たのは。」
琢也は拙い事を言ったと思って、そう反撃する。
「え、そんな事。訊くの? 教えないっ。」
「じゃ、俺も教えないっと。」
「ちえっ。そう。ま、いいわ。」
「そう言えば、お前のハンカチ。汚しちゃったな。洗って返そうか。」
「あら、いいわよ。臭うといけないから、さっきの休み時間にこっそりもう洗っておいたから。」
茉莉子は嘘を吐いたのだ。あれの匂いを嗅ぎながらオナニーをしてみるつもりだったのだ。匂いがあれば、自分が感じるのかどうかをどうしても試してみたかったからだ。しかし琢也は茉莉子がそんな事を考えているなどとは思いもしないのだった。
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