妄想小説
思春期
五十四
薫は窓際に縛り付けられてしまう。外に向かって大声を挙げても近くに人は居ない筈だった。
(いったい何をしようというの・・・。)
一人暗闇に取り残された薫は不安な面持ちで氷室を待つしかないのだった。
氷室が戻ってくる足音は、先程来た時とは何やら様子が違っていた。不規則な足取りで、一人だけのものには思われなかった。扉から入ってくる氷室の姿を見て、薫ははっとして蒼褪める。
頭にすっぽりと頭巾のようなものを被された少女を伴っていたからだ。少女は両手を胸の前で括られていて、その縄で牽かれて歩いてきたのだ。そのせいで足取りが乱れていたらしかった。教室の入り口から中に入ると少女を牽いていた縄の端を薫とは教室の反対側になる廊下に面した壁に立たせ、縄を上に放り上げて壁の上の窓の柱に潜らせる。少女を小手縛りにして教室の壁に吊ってしまおうというのだった。
少女の両手をすっかり吊り上げて固定してしまうと氷室はおもむろに少女の頭巾を剥ぎ取る。
「あっ、智花さんじゃないの。」
「あ、井上先生。」
二人が互いの存在を知ったのはほぼ同時だった。しかも二人とも、それぞれに自由を奪われているのだ。
「智花さんに何をするつもりなの。すぐに放してあげなさい。」
薫はたまらずに大声を挙げるが、それが氷室の制止にならないことは重々分っての事だった。
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