妄想小説
思春期
三十九
翌朝のホームルームで教室に入ってきた担任の井上薫を観た生徒たちは男女を問わずほぼ全員が息を呑んだ。薫が今まで観た事も無いような短いミニスカートで現れたからだ。
勿論、それは薫の本意ではない。氷室からきつく言い渡された命令なのだった。しかし薫は命令で強いられたものとは気づかれないように、極力いつもどおりの笑顔を見せるようにしていた。それでも教室内はかなりざわめいていた。
「先生。どうしたんですか、今朝は。」
「え、何かしら?」
堪らずに訪ねた一番前の男子生徒に薫は平然と惚けてみせる。
「いや、あの・・・。あまりにスカートが短いから・・・。」
「あら、そうかしら。このくらいは普通じゃない? 今時の若い人はこのくらいのスカートは履きこなすわよ。」
そう言いながらも、声が震えそうになるのを必死で堪えた薫だった。
「なんだい。いいじゃねえかよ。先生がそういうの履きたいってんだから。先生も自慢の脚をみせびらかしたいんだろ。」
一番後ろの席から大声で怒鳴るように声を挙げたのは村中亨だった。
「あら、村中クン。自慢の脚だなんて、それほどじゃないけど。でもありがと。」
薫は褒められでもしたかのようにさり気なくかわす。
実際は亨は登校する前に、兄貴分の氷室から知らされていたのだ。
「いいか、亨。今日、あの先公は飛びっきり短いスカートで来るから、からかってやるんだぞ。」
そう氷室に言い含められてきたのだった。亨は、深夜の特別授業のことまでは聞かされていなかったが、井上先生が何か氷室に弱みを握られたのだとは薄々感づいてはいたのだ。
「そうだ、先生よ。ちょっと先生の耳に入れておきたいことがあるんだ。」
そう言うと、一番後ろから突然席を立って黒板の前に立つ薫の元まで歩いてる。
「何なの、村中クン?」
薫が怪訝そうな顔つきで近づいて来る亨に注目していると、一番前の席を過ぎる時に躓いたようになって転びそうになる。それと同時に亨は手にしていた物を取り落としたようだった。
コロコロと転がったそれは万年筆のようで、薫の足元に転がってくる。咄嗟に薫はそれを拾い上げようと身を屈める。
その一瞬を突いて、亨がすかさず薫の背後でしゃがみこんで薫のスカートの中を覗きこんだのだった。
「きゃっ、何するの?」
「あれえ、先生。パンティ穿いてないの?」
おどけたように亨が素っ頓狂な大声を挙げる。するとクラスじゅうが騒然となった。
「な、何言ってるの。は、穿いてないわけないじゃないの。」
慌ててそう言った薫だったが、顔が真っ赤になっているのが自分でもはっきり分かった。
「だって、見えちゃったもん。」
あちこちから「えーっ!?」という声が挙がり、収拾がつかなくなる。
「村中クン。先生を侮辱するつもり?」
「なんだよ。本当にノーパンのくせに。」
パシーン。
教室中に乾いた音が響き渡った。薫の張り手が亨の頬に当たった音だった。
手を挙げてしまってから、薫もやり過ぎたとすぐ後悔した。ざわついていたクラス全体が今の音で静まり返ってしまったからだ。
「な、何、すんだよぉ。先生が生徒を殴るなんて、許されると思ってんのかよぉ。」
亨は捨て台詞のようにそう言ってから、頬を抑えながら教室を飛び出してゆく。
「ホームルームはもう終わりにします。」
その場を収める言葉も発することが出来ずに薫はそう宣言すると、出席簿を手に亨が出て行った扉を後を追うように出て行くのだった。
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