体育館裏

妄想小説

思春期



 五十一

 「で、俺に何の用だい。」
 体育館の裏のひと気のない所に智花は亨を引っ張っていったのだった。
 「井上先生の事よ。急に先生がミニスカートで学校に来た時から変だと思っていたの。村中クン、その事最初から知ってたんでしょ?」
 「なんでだよ。」
 「先生の傍に言って万年筆落したの、わざとでしょ。見え見えだったわ。あれは最初から準備してた筈だわ。」
 「ふうん。そんなとこ、見てたのか。」
 「わざと先生にしゃがませて、スカートの中、覗こうとしたんでしょ。先生がノーパンだって騒いだのも、最初から知ってたんじゃないの?」
 「な、なんだってそんな事、言うんだよぉ。」
 「だって変だもの。女の先生がミニスカート穿いてきただけで、ノーパンじゃないかなんて普通思いつかないわ。」
 「お、お前・・・。何が言いたいんだよぉ。」
 「なあんか、おかしいわ。あなた。先生が困ること、何か知ってるんでしょう。」
 「ど、どうして・・・。そんな事、言うんだよぉ・・・。」
 途端にしどろもどろになる亨の様子をみて、智花は確信する。
 「私、校長先生に話そうかしら。何か変だって。」
 「や、やめろよ。そんな事・・・。」
 「やっぱり何か困ることがあるのね。」
 「お、俺は何も・・・、何も知らねえよぉ。」
 「俺はって・・・。じゃ誰か居るのね、他に。」
 「い、いねえよ。誰も・・・。」
 「じゃあ、校長先生に言って調べて貰いましょう。」
 「だ、駄目だよ。そんな事。や、やめろ。校長には何も話すなって。」
 「だって井上先生が困ってらっしゃるんだもの。」
 「井上先生だったら、大丈夫だよ。もう赦してやったから。」
 「え、赦す? 何を?」
 「だからさ、俺を皆んなの前で引っぱたいたことさ。」
 「何時、赦したのよ。」
 「そ、それは・・・。この間、二人だけでじっくり話したんだよ。」
 「へえ、何て?」
 「や、だからさ・・・。先生が悪かったって謝るからよ。」
 「へえ。だから、赦したんだ。何か変ね。」
 「何も変じゃねえよ。先生がさ・・・。そのう・・・、心から謝るって言うからさ。」
 「じゃ、どうして村中クンの事を先生は引っぱたいたの?」
 「そ、それは・・・。まずいことを知られたって思ったからじぇねえの?」
 「やっぱり何か知ってるんだ、村中クン。それは先生が困ることなのね。」
 「や、や、や。ちげえんだよ。俺は何も知らねえって。あ、こうしちゃいらんねえんだ、俺っ。」
 「どこか行く用でもあるの?」
 「俺さ、井上先生んところ、行かなくちゃ。大事な物、言付かってるからな。」
 「何よ、大事なものって。」
 「おめえには関係ねえよ。只の手紙だよ。先生が帰っちまう前に渡さなきゃなんないからな。渡しそびれでもしたら、こっぴどく怒られんだよ。もういいだろっ。じゃあな。」
 そう言うと慌てるように職員室の方へ向かって亨は走り出すのだった。智花は体育館正面の時計を見上げて時刻を確かめる。
 (もうそろそろいいかしら。充分、引き留めておいたから。)
 智花は茉莉子が首尾よく出来たことを祈りながら、待合せした駅前のパーラーの方へ急ぐ。しかし、智花はそこで何時までもやって来ない茉莉子にさんざん待たされることになるのだった。

 「琢也~っ。お客さんよ。小学校の時に一緒だった子みたい。」
 母親の声に琢也は玄関に向かう。(小学校の時に一緒)と聞いてすぐに智花だと分かった。
 「あ、やっぱり君か。」
 「ごめんなさい。お家まで訪ねてきたりしちゃって。」
 「ああ、別に構わないよ。何かあった?」
 何も無くて突然訪ねてくる筈はないと琢也は思ったのだ。そして智花から茉莉子との話の経緯を聞かされたのだった。

 「じゃ、俺。その河川敷のプレハブっていうのに行ってみるよ。君は何かあるといけないから家に戻っていて。後で連絡するから。」
 「お願いね。気を付けてっ。」
 智花が気遣うように琢也に言葉を掛けるのに、軽く手をあげて(大丈夫!)とばかりに頷く琢也だった。
 琢也が走り去るのを見送った智花は、ふと亨が最後に言った言葉を思い出した。
 (そう言えば、井上先生に手紙を渡すとか言ってたっけ。何だったんだろう。)
 そう思い出すと気に掛かってしまい、智花は家に帰るのを止めて学校に戻ることにする。

茉莉子顔

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