妄想小説
狙われていた新婚花嫁
五十四
「梶谷さんの奥さま。お荷物のカートはそちらに置いたままで結構ですので、そのまま送迎バスにお乗りください。」
「あ、ありがとう。えーっと、佳織さん、でしたわね。」
佳織は優しく微笑み返す。
(あれっ? 今日は非番だって言ってたのに、制服に着替えて見送りに来てくれたんだ。)
後ろから優香についてカートを押してきた裕也は佳織が居るのにちょっと驚く。
「お疲れ様でした。お気をつけて。」
何事もなかったかのように視線を合わせないまま裕也にお辞儀をする佳織だった。
「そ、それじゃあ・・・。」
そんな別れ方でいいのかと思いながら、裕也も優香に続いてバスに乗り込む。
「帰りのバスは、あのジミーっていう奴じゃないんだね。」
「ああ、あの人。ジミーって名前だったかしらね。今日は違う人みたいね。」
さり気なくとぼけてみせた優香だった。
「エー、ミナサマ。モウスグエアポートニ、トウチャクシマスゥ。パスポートナド、ゴヨウイクダサーイ。」
ジミーではない、初めてみる現地案内人が片言の日本語で案内する。それを聞いて、優香は意を決して心に決めていたことを口に出そうとする。
「あの・・・。」
「あのさあ・・・。」
口を開いたのは優香と裕也はほぼ同時だった。
「え、何?」
「き、君こそ何っ?」
「私、飛行機には乗らないわ。もう少し、ここに残る。」
「え? 実は、僕もぼくたちの事、考え直そうって言おうとしてたんだ。」
「私たちの事? 考え直す・・・?」
「何かさあ。僕たち、間違ってたような気がするんだ。結婚して、これから一緒になるっていうの・・・。」
「え、私も同じ事、考えてた・・・。もう少し、ここで考えてみたかったの。」
「そうか・・・。そうだったのか。」
そんな事を言っているうちに、送迎バスは空港ターミナルビルの前に着いてしまったのだった。
「あ、ジミー? 分かる、私が誰だか。・・・・。そう、そうよ。優香よ。・・・。そうなの。乗らなかったわ、飛行機には。・・・・。さあ、何故かしらね。・・・・。それはいいの。ねえ、今晩、こっちへ来れない? ・・・・。そう、インターコンチネンタルっていうホテル。空港のすぐ目の前よ。・・・。じゃあ、待ってる。」
受話器を置いた優香は、空港に隣接しているホテルの部屋から外の景色を見回してみる。全てが今までとは違う景色に見えてくるのだった。
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