妄想小説
狙われていた新婚花嫁
二十二
「どうだった、フィットネスセンタは?」
思ったより長い時間で戻ってきた夫の裕也が、上機嫌そうなので訊いてみた優香だった。
「ああ、なかなか設備が整っていて気にいってしまったよ。明日も行ってみようかな。お前もやてみるかい? あ、でもちょっとハードだから止めておいたほうがいいかもな。」
「運動が好きなのね、貴方は。わたしはいいわ。スパのほうが気持ちいいもの。」
優香は裕也がわざとフィットネスセンタを敬遠するように仕向けているとは思いもしなかった。
「ねえ、今夜もメインダイニングのディナーでいいかしら?」
「ああ、任せるよ。今夜は呑み過ぎないようにするから。」
その言葉に優香は何か作戦を立てなければと思い始めていた。
その夜のディナーは裕也の宣言どおり、ワインは頼まないで酔わないように水だけにしていた。部屋に戻る際に、わざとレセプションを通り過ぎてしまってから優香は夫に声を掛ける。
「ねえ、あなた。明日の夜はディナーの時に民俗舞踊のショーがあったみたいなの。確かめてきてくれない? あ、レセプションで訊かなくてもポスターが貼ってあったと思うの。」
「ああ、いいよ。じゃ、先に部屋に戻ってて。」
そう言ってレセプションの方に戻る裕也から部屋のカードキーを受け取った優香は部屋へ急ぐ。夫にレセプションで訊いてきてと頼むのは英語が苦手な裕也は嫌がるだろうと思ってポスターを見てきて欲しいと頼んだのだった。そうとは知らない裕也は英語を使わなくて済むと知って安心してレセプションに向かったようだった。
優香には予感があった。それで部屋に入るのは先に一人でにしたかったのだ。部屋の前まで来ると優香が予感した通り、ドアの下に一通の封筒が差し挟まれているのに気づき、夫がまだ戻ってきてないのを確認してからさっとそれを拾い上げると隠し持つ。
バスルームに入ってロックを掛けてから封筒を開けると、優香が予感した通り、それは前夜に続いての呼出し状だった。前に送られた錠剤の入った小瓶にまだ薬が残っていることから、今夜も呼出しはあるのではと思っていたのだ。それは既に惧れから期待に変ってきていることに優香自身は気づいていなかった。
「やっぱり明日の夜にやるみたい。古代劇風の民俗舞踊ショーらしいよ。観に行くかい?」
「ええ、前から一度観てみたいと思っていたの。ねえ、いいでしょ?」
「ああ、いいよ。つきあうよ。」
「ねえ、なんだかやっぱり一杯呑みたい気分なの。一杯だけなら付き合わない?」
そう言って既に作っておいたハイボールのグラスを裕也に差し出してみせる。
「ああ、君が呑みたいのなら勿論つきあうよ。一杯ぐらいなら酔い潰れることはないしさ。」
しかし、アルコールだけではないその一杯なら間違いなく酔い潰れたように寝てしまう筈のグラスを裕也は何の疑いもなく呑み干したのだった。
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