妄想小説
狙われていた新婚花嫁
三十二
ディナーショーの最中、少しは呑んでいた裕也だったが酔い潰れるほどではなかった。ダンスの後、裕也が部屋に戻ったら身体を求めてくるのではと密かに懼れていた優香だったが、不思議とその夜に限っては酔い潰れてもいないのに優香の方に寄ってくることはなかった。しかし、それが昼間の佳織との逢瀬の余韻と、ダンスでの温かい佳織の手の感触を失いたくない為だとは優香には知る由もなかった。
優香の方も昼間、激しく空き家のゲストハウスで行った性交のせいなのか、部屋に夜の呼出し状は来てなくてひと安心する。それでも裕也の隣で密かに気付かれないように自分の指で昼間の余韻を思い出しては自分を慰めてしまうのだった。
「ねえ、優香さん。貴方、今晩のディナーショーにお姫様役で出て下さらない?」
突然そう言い出したのは、日本人向けのコンシェルジュの島崎佳織だった。
「え、私が? 」
「ええ、そう。お客様は西洋人が多いので、エキゾチックなアジア人がヒロインだととても盛り上がるの。」
「だったら、貴方が出演なさればいいのに。」
「わたしはスタッフとしてメイキャップとか衣装替えとかいろいろしなくちゃならないので舞台に出ている時間はないの。お化粧も衣装準備もわたしがしてあげるので、是非出演なさって。」
「ええ? だって脚本とか全然知らないし・・・。」
「大丈夫よ。お姫様役だから、ただ縛られて舞台に出ていればいいだけなんだから。貴方の表情が一番の演技なのよ。」
そう言われて舞台に上ることを決心した優香だった。
「哀れ囚われの身になったスプラーバ姫は、悪の化身・バロン神の手下等の手によって、さすらいの樹の幹に縛り付けられてしまうのでありました。」
語り部が舞台の状況を説明してゆくと、スプラーバ姫の役になった優香は、派手な化粧と絢爛豪華な衣装で舞台中央に引き立てられた後、舞台左手に据えられたさすらいの樹とされた置き物の樹の幹に本物の縄で括りつけられていく。
(え、本当に縛るの・・・?)
優香が抗議することも出来ないうちに、両手首を背中で括りつけられた後、樹の幹に繋がれてしまう。そのままの格好で放置されている間に舞台中央では、スプラーバ姫を救い出す為に魔の森を捜索するアルジュナ王子の舞が繰り広げられていく。
スプラーバ姫役は確かに台詞もなく、自由を奪われた切ない思いを表情であらわすだけの役目なので、難しくはない。優香は早くアルジュナ王子役の役者が来て、自分を救い出して解放してくれるのを待つだけだった。
しかし突然、舞台が暗転してスポットライトがスプラーバ役の優香だけに当てられるのだった。
(え、何っ・・・?)
その時語り部が暗闇の中から語り始めた。
「助けに魔の森を探し回るアルジュナ王子を誘き出す為に、バロン神の手下たちはスプラーバ姫を前に牽いてこさせ、衣服を一枚ずつ剥ぎ取ってゆくのでありました。」
(え、何ですって? そんなの、聞いてないわ。)
しかし、優香は繋がれた置き物のさすらいの樹の台座ごと、舞台中央に牽き出されていく。
舞踊の音楽を奏でていた民俗楽器が一旦止むと、ドラムロールが高々と流れてくる。それに従って悪人役の手下が優香の身に付けている金色の装飾のついた上着に手を掛ける。
(や、やめてっ。そんなこと・・・。)
しかし、優香の思いとは裏腹に、上着は胸元から引き千切られて奪い取られてしまう。優香はブラジャーを着けてない裸の乳房を舞台上に晒すことになる。その途端に、会場の西洋人たちは、やんやの喝采を挙げる。
(何なの、これ? これじゃ、古代劇の舞踊ショーじゃなくてストリップじゃないの・・・。)
「さあ、お前たち。スプラーバ姫の腰を被っている召し物も奪い取ってしまうのじゃ。」
バロン神役の男がそう叫ぶと、二人の手下が両側からさっと近寄ってきて、スプラーバ姫役の優香が下半身に纏っている衣装の両端に手を掛ける。
(ま、まさか・・・。そんな事されたら、剃っているあそこがお客たちに丸見えになってしまうわ。)
身を捩るようにして衣を剥されるのを防ごうとする優香の姿があまりにリアルで、観客たちは固唾を呑んで見守っている。
「やれーっ。」
バロン神がそう叫ぶと、ビリビリっという音と共に、優香の下半身の衣装が引き裂かれていく。
「駄目ぇーっ。」
優香も思わずそう叫んだ・・・と思ったが、それは声にならない。何故か声が出ないのだ。
(どうして? どうして声が出ないの?)
そう思った瞬間、はっと優香は夢から覚めたのだった。
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