妄想小説
狙われていた新婚花嫁
二十
(あ、あれは。島崎・・・、佳織さん。)
フィットネスセンタの場所を探していた裕也は、迷い込んだ一室の奥に日本人専門のコンシェルジュと言っていた佳織の姿をみつけたのだった。
初めて逢った時と違って、浮かない顔で寂しさが滲み出ているという風情だった。
「佳織さん・・・?」
声を掛けられてびくっとしたような顔をして振向いた佳織は、裕也の顔を見て顔を綻ばせる。
「ああ、確か・・・、梶谷さん・・・でしたよね。」
「憶えていてくれましたか。島崎・・・、佳織さんでしたよね。」
「あら、わたしの名前まで。」
「どうしたんです、こんな所で?」
そう言われて恥ずかしそうに両手で顔を隠そうとする佳織だった。
「いやだわ、わたしったら。こんな所、見られて。」
「え、何だかとても寂しそうだったから。」
裕也はゆっくり佳織に近づいていく。
「ここ、図書室なんですよ。たいした本は置いてないけど・・・。」
そう言われて裕也が見渡すと、たしかに本棚が窓と窓の間に並んでいて、裕也には読めそうもない英字の背表紙の本ばかりが並んでいる。
「こんなリゾートで本なんか読む人はあまりいないから、ここはいつも誰も居なくて静かなんです。だから、時々淋しくなると、わたしここに来るんです。」
「へえ。じゃあ、今淋しいんですね。」
「梶谷さん。この先にもっといい場所があるのでご案内しますね。こちらにいたしてください。」
佳織は図書室の更に奥のフレンチ窓を開くと、先に通じる廊下に案内する。そこから螺旋階段が続いていて、上の階に通じるようになっているらしかった。
裕也が佳織の後について行くと、そこはバルコニーになっていて、屋根の向こうに青い海が見渡せるのだった。手前の屋根のせいで、ビーチに居る人影は見えずに青い海だけが見えるのだった。
「ほら、いい景色でしょ。ここも私のお気に入りの場所なんです。」
「へえ、そうなんだ。ああ、いい風が入ってくるなあ。」
「わたし、寂しくなるといつもここへ来て海を見るんです。あの海の向こうに日本があるんだなって思って。」
「日本が恋しいんですか?」
「ええ。だって、ここでは日本人はわたし一人ですから。まあ、お客様でいらっしゃる日本人はいますけれどね。」
「ああ、そうなんだ。やっぱり客とホテル・スタッフは違いますよね。ホームシックってやつかな。日本が恋しくなるのは。」
「体調とか悪くなると、こんなわたしが独りでやっていけるのかなって不安になっちゃったりするんですよ。だって、こっちでは誰も頼れる人なんていないんですもの。」
独りで遠い海のほうを虚ろな眼で見ている佳織を横から見ていると、つい裕也は佳織の肩に手を置いてしまう。すぐ振り払われると思っていたのが、その手に手を重ねてきたので裕也はちょっとどきりとする。
「誰だって、寂しくなるときはありますよ。」
そう言って肩を抱くようにして自分の方を向かせると、すっと顔を近づけて唇を合わせる。
一瞬、時間が止まったように裕也には感じられた。それは佳織も一緒のようだった。
はっと気づいたかのように手で突き放すと、佳織はくるりと向きを変えた。
「もう、行かなくちゃ。わたし・・・。」
そう言うと、裕也に目を合わせようとせずに立ち去る佳織だったが、その目が潤んでいたのを裕也は見逃さなかった。
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