妄想小説
体操女子アシスタントの試練
八
「今日はいろいろ教えて頂いてありがとうございました。」
初めての収録を終えてロッカールームに着替えに戻ったあかねは先任者たちにお辞儀をして挨拶する。
「あら、あかねさんたら。初めてにしては堂々としていたじゃない。」
「え、そうですか。何か、あがっちゃってたのに・・・。」
先任者の中ではリーダー格の吉村は、皮肉を込めて言ったつもりだったが、あかねには通じてなかった。
「そう言えば、あなた。紹介の挨拶の時に稲村さゆりの後任って言ってたわよね。それって自覚してるってこと?」
「え、自覚・・・? あ、あの・・・、稲村さんに私、スカウトされたので・・・。大学の先輩なんです。稲村さんは。」
「あ、そう・・・。じゃ、稲村さんみたいになれるようにせいぜい頑張ることね。」
「あ、はいっ。」
そう答えたあかねだったが、何となく言い方に棘があるように感じたのだった。
「おーいっ。新人の矢田ク~ン。いるかあ。」
少し遠くの方からディレクターの西村の声がした。
「あ、はいっ。ロッカールームです。」
「ああ、矢田クン。プロデューサの東郷さんが来て欲しいって。あ、着替えなくていいから、そのまま行ってくれる? 東郷さんの部屋、知ってるよね。」
「あ、はいっ。面接の時に行きましたから。」
あかねはどうしようかと戸惑う。着替えなくてもいいと言われても、体操のレオタード姿のままだった。東郷の部屋は局の最上階のひとつ下だ。収録をやっているスタジオからはエレベータであがって行かねばならない。体操の指導か何かがあるのだろうと思われたが、さすがにレオタードのままでエレベータに乗るのは躊躇われたのだ。自分のロッカ―の中には局へやって来る時着てきたワンピースしかない。レオタードの上からワンピースを着るのもどうかと思ったのだ。
「どうしたの、矢田さん? あ、上に羽織るもの、持ってないんでしょ。これ、貸したげるわ。」
隣から様子を窺っていたらしい吉村春江が自分のロッカ―の中から差し出したのはパーカーだった。
「あ、済みません。でも・・・。いいんですか?」
「ああ、いいのよ。ちょっとだぼっとしてるから上から羽織るのにちょうどいいでしょ。洗って返したりしなくていいからね。」
吉村春江が言うように、パーカーは少し大き目のようだった。あかねは一旦受け取ってしまってから、もう返す訳にもゆかず、レオタードの上からそのパーカーを羽織ってみる。
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