妄想小説
体操女子アシスタントの試練
二十三
出演者控え室に早目に入ったあかねは、その日の指導者役の岡村美香が既に入っているのを見つけて挨拶しに行く。
「岡村さん、今度一緒にアシスタントをやることになった矢田あかねといいます。宜しくお願いいたします。」
あかねの声に振向いた岡村は椅子に座ったままにっこりと微笑みかける。
「あら、あなたが矢田あかねさんね。聴いているわ、プロデューサから。あなた、随分プロデューサには気にいられているようね。」
「そ、そうでしょうか・・・。」
あかね自身にはプロデューサから気にいられているのかどうかという自覚はなかったので、岡村にそう言われて少し戸惑う。岡村のほうは立ったままのあかねを頭のてっぺんから足の先までじっくり見つめた上で傍の椅子を薦める。
「あなた、とても脚が長いのね。東郷さんが気にいる筈だわ。」
「え、そうでしょうか。」
「ええ、そうよ。東郷さんて、脚の長い美人がとってもお好きなのよ。私ももうちょっと脚が長かったらなあっていつも思うわ。」
「え、岡村さんこそ、ずっとスタイルをキープしてて凄いなっていつも思ってるんです。」
あかねはそう言ってしまった後で、それは少し薹が立っているという意味に取られかねないとちょっと心配になる。
「あの・・・、岡村さんも以前はアシスタントを長くやられていたんですよね。」
「ええ、そうよ。東郷さんに指導員として引っ張られる前はアシスタントをやっていたのよ。」
「へえ。アシスタントから指導員に抜擢なんて、本当に凄いです。」
「凄いだなんて・・・。ただ、東郷さんに気にいられただけよ。あなたも折角東郷さんがお気に入りのようだから、精一杯気にいられるように頑張ったほうがいいわよ。」
そう言われて、あかねは精一杯気にいられるにはどうしたらいいのかと頭を巡らせる。ふと、頭の中にレッスン室に二人だけで居る岡村美香と東郷プロデューサの姿を想像してしまう。
「あの、東郷さんてどういう方なんですか?」
あかねにとって謎の人物である東郷プロデューサの事をこの際だから訊いておこうと思ったのだ。
「東郷さん? あの方、この業界、あ、つまりテレビ業界って意味だけど、この番組を立て直したことで結構有名だけど、体操界では無名でしょ?」
「私もこちらに来るまでは存じあげませんでした。」
「体操界で無名というのは、日本ではっていう意味で、海外では結構有名な方らしいのよ。ずっとロシアの体操界で活躍されていたらしくて、その後バレエの演技指導なんかをずっとされていたらしいの。」
「ああ、なるほど。バレエなんですね。」
あかねは東郷から受けた体幹を捉える訓練を思い返して妙に納得する。
「だから、あの方から受ける体操のレッスンはバカにならないから熱心に受けるといいわ。」
「そうですね。わたしもそう思いました。岡村さんも東郷さんからいろいろ習われているんですか?」
「ええ、嘗てはね。今はもうとんとご無沙汰だけれど・・・。」
(レッスンにご無沙汰)というのは妙な言い方という気があかねにはした。
「あ、それじゃあ収録前の打合せがあるのでそろそろ失礼するわね。またあとで。」
「はいっ、よろしくお願いします。」
プロデューサの部屋へ向かうらしい岡村の後姿を見送ったあかねだった。そのあかねに入れ替わりで近づいてきたのは、君津亜紀だった。
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