妄想小説
体操女子アシスタントの試練
二十一
そんな会話が陰でされてるとは思いもしないあかねはスプリングコートの下にレオタードを着こんだ格好で東郷プロデューサの部屋へ向かったのだった。
「矢田あかねです。失礼します。」
「おう、君か。入り給え。レッスン室で着替えて待ってなさい。」
「はい。レオタードのまま、上に羽織ってきただけですので、すぐ準備が出来ます。」
「今日の組み体操はどうだったかね?」
「どう・・・と言いますと?」
「何か感じなかったかね。」
「いえ、特には。あの手のものはこれまであまり無かったと思いますが、今後は増やしていくおつもりなのでしょうか。」
「ふうむ。君はまあ・・・、何も感じないだろうね。まあ、いい。では、今日のレッスンに入ろう。」
裏で一緒に組み体操をやらされた吉村春江が、腸が煮えくり返るような思いを抱いたことに全く気付いていないあかねは、プロデューサが何を訊こうとしたのだろうかと訝しげに思いながらレッスン室に入ったのだった。
「自分でも目隠しをしてバランスを取る練習を少ししてみました。見て頂けますか。」
「それじゃ、これを目に当ててやってみたまえ。」
東郷はあかねに目隠し用のビロードの帯を手渡して、あかねに自分で目隠しさせる。あかねは何かにぶつからないようにレッスン室の真ん中まで行って目を塞ぐと、片足立ちになって手を添えて脚を高くあげ、Y字バランスからI字バランスへとゆっくり移行させる。
「ふうむ、なるほど。確かによくなって来てはいるようだ。ちょっと脚を下ろしてみて。」
「あ、はいっ。」
あかねはバランスを崩さないように見えない視界のままゆっくりと脚を下ろす。
「床に両足を付けたまま、両手を水平に上げてっ。」
「はいっ。」
「そうしたら、そのままの格好で爪先立ちになってみて。」
「はいっ。」
あかねは全体重を爪先の方にかけて踵を浮かす。途端に身体がぐらぐらし始める。
「ふうむ。やっぱりな。静止上体では身体の芯を捉えることが出来るようになってきているようだが、体重移動が在った時に体幹を崩さないように身体の芯を捉えて動くというのがまだ出来てない証拠だ。一回踵を床に付けてって。」
「はいっ。」
何も見えない中で床に足をぺたんと付けて手だけ水平に伸ばした格好で待つあかねは、気配で東郷がすぐ近くまで寄ってきたのを感じた。
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