妄想小説
体操女子アシスタントの試練
二十六
「じゃこれ。あかねがいつも呑んでいるスポーツドリンク。同じものよ。ただ、ちょっと普通と違う成分を混ぜてあるんだけどね。」
「え、前にも使ったアレ?」
「ふふふ。そうよ。いい。私が本番前にあかねと一緒にストレッチをやるから、テーブルに目が行って無い時にさっと摩り替えるのよ。そっちを向かないように私があかねの身体を固定するから。」
「わかったわ。任せてっ。」
その日の収録はレオタードではないスパッツにTシャツを合わせるタイプだった。脱ぎにくいので事前にトイレに行っているだろうことは織り込み済みだった。
「あかねさん。今日も私と組んで本番前にストレッチに付き合ってくれない? 他の人とは背が合わないのでどうしても上背のある貴方に一緒にやって欲しいのよ。」
「いいですよ。」
「じゃ、背中合わせでお互いの身体を載せ合いながら背筋を伸ばすのからやりましょうよ。」
「はい。じゃお願いします。」
吉村春江はあかねと背中合わせになって万歳の形に手を挙げ、恋人繋ぎで手と手を取り合う。これだとあかねが手を放したくても春江が手を緩めない限り外せないのだ。
「じゃ、いくわよ。はい。」
春江はあかねのドリンクが置いてあるテーブルの近くで待機している亜紀の方に目配せすると、あかねの身体を背中で持ち上げる。
「ううって。伸びるわ。気持ちいいっ。・・・。あ、もう代わりましょ。」
「いえ、もうちょっと伸ばしたほうがいいわ。いーち、にーい、さーん。」
春江は亜紀があかねのボトルホルダーの中のペットボトルを摩り替えたのをちらっと見て確認してからゆっくりとあかねを背中から下す。
「じゃ、。今度は春江さんの番よ。はい、いくわよ。いーち、にーい、さーん。」
「ね、あかねさんも一つどう? 皆んなにも味わって貰ったんだけど、美味しいわよ。」
それは吉村がファンの人から差し入れに貰ったということになっている和菓子だった。二種類の餡で出来ているのだが、周りに粉がまぶしてあるものだ。粉が床にこぼれないように小さなお皿に入れて吉村が皆んなに薦めていたものだ。」
「あ、ありがとう。ごちそうさまです。」
あかねは粉がちらばらないように片方の掌を広げて受け取るとそおっと口に運ぶ。
「ちょっと粉っぽいから咽ないようにね、あかねさん。水分採ったほうがいいわよ。」
「うふっ。そうね。口の中の水分が皆、吸い取られてしまうみたい。スポーツドリンク持ってきてるから、大丈夫。」
あかねがテーブルに行って自分のものと思っているペットボトルをホルダーごと取り上げてごくごく呑み干すのを春江はにやりとしながら見守るのだった。
「じゃ、そろそろ本番始めますので出演者の皆さん。集まって下さーい。」
若手のADが声を掛けて皆を集める。
「今日は、君津さん、矢田さん、吉村さんの順で並んでお願いしまーすぅ。」
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