妄想小説
体操女子アシスタントの試練
五十
「東郷プロデューサ。矢田あかねです。失礼します。」
「ああ、入り給え。」
いつもの様に個人レッスンを受けるのに東郷の部屋を訪れたあかねだった。
「あの・・・。」
レッスン室に入る前に気になっていた事をあかねは訊ねてみることにした。
「吉村・・・春江さんの事ですが・・・。」
「ああ、彼女ならあの日、君津亜紀君に錠前を外すようにと鍵を渡した後、様子を聞いているよ。明け方様子を見に行った時には悶絶して白眼を剥いて気絶していたそうだ。アレを外しても目覚めなかったそうだ。ああ、それからその後、吉村君からは辞表を受け取ったんでもう処理済だ。」
「辞表って、辞めたって事ですか。」
「まあ、そういう事になるね。いろいろあったのは君との間だけでは無かったようだから、私としても致し方ないって所かな。」
「そう・・・ですか。」
彼女には可哀想な気もしたが、次に逢った時にどんな顔をすればいいのか思い悩んでいただけに、もう逢わずに済むのならそれに越したことはないとも思うのだった。
「あの、東郷さん。・・・。私、究極のリフトっていうのを挑戦してみたいんですが。」
「究極のリフト・・・? 何処からそんな話を?」
「岡村美香さんです。昔、挑戦してみたけど出来なかったって。私なら出来るんじゃないかって言われて・・・。そう言われたら、駄目でも一度は挑戦してみたくなったんです。」
「ふうむ。どんな形なのか知っているのかね?」
「ええ、岡村さんが昔使っていたっていうノートを見せて貰ってます。」
「そうか・・・。」
東郷は少し思案するように宙を見つめていたが、やがて決心がついたようにあかねの方に向き直る。
「それならば、最初から目隠しをしてやってみよう。」
東郷はレッスン室の隅にある戸棚の抽斗から、以前にも使ったことのある黒いビロードで出来た帯を持ってくる。そしてあかねの背後に廻ると自分からあかねに目隠しをするのだった。
「何故目隠しをするか分かるかね。自分の全神経を体幹に集中させる為だ。自分の重心を常に体幹上にあるようにコントロールしなければならない。それには周りの景色を見てでは駄目なんだ。身体で重心を感じてコントロールしなければならない。」
「はいっ、やってみます。」
「じゃあ、脚を肩幅に開いて。両手を背中側に真っ直ぐ伸ばして、フライングキャメルの姿勢を取って。そう。身体を少うし後ろに反るようにして。行くよっ。」
あかねは全神経を一点に集中する。どこに東郷の手がやってくるか事前に分っているからだ。その部分に手が添えられると、かっと身体の中心が熱くなる。
「お願いしますっ。」
「行くよ。」
あかねは自分の身体が股間だけで支えられて宙に浮くのを感じる。
「あっ。」
急にバランスを崩してあかねは床に手を突いて転がる。
「最初から簡単に出来ると思っちゃ駄目だ。君は脚がとても長いから有利ではあるんだが、それでも重心の位置は支えられる股間の位置よりはずっと上にある。その分を身体を後ろに反らすことで調整するんだ。君は背骨も柔軟な方だから素質はある。あとはそれを自在にコントロール出来るかによる。」
「わかりました。東郷さん。もう少し練習させてください。」
あかねは自分の身体を股間の一点のみで支えて持ち上げる『究極のリフト』と呼ばれる技を、長年先輩の岡村美香が挑戦して出来なかったというのをどうしても克服したかったのだ。
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