妄想小説
体操女子アシスタントの試練
二十七
いつも通り本番収録が始まったようだった。しかし由香里が異変に気づいたのは、ワン・クールが終わって、次のテイクに入った頃だった。
(おかしいわね。さっきトイレに行っておいた筈なのに、なんだかしたくなってきちゃったわ。)
しかし、収録が始まってしまっているので、他のメンバーの手前、中断させてトイレに立つ訳にもゆかない。そもそも収録が始まる前に夫々先にトイレに行っておく約束になっているのだ。
尿意はじわりじわりと募ってきていた。収録はあと15分ほどの筈なので、何とか終わるまで持ちこたえられる筈だと由香里も思っていた。しかし、その日の尿意は急速に高まってきていた。由香里はまさかそれが摩り替えられたスポーツドリンクに仕込まれていた強力な利尿剤のせいだとは思いもしない。必死で括約筋に力を篭めて尿意を堪えているのだが、体操の動きの中にはその姿勢のせいでどうしても括約筋が緩みそうになるシーンもあるのだった。次第に由香里のこめかみには冷や汗のようなものが滲み始める。
「はい。それでは最後の深呼吸になりまーす。ゆっくり息を吸ってぇー。はい、吐き出しまーす。はい、もういちどぉーっ。ゆっくり吸ってぇー。吐き出しまーす。それでは今日も元気にお過ごしください。ごきげんよう。」
最年長の指導者、青木の掛け声がこの日は妙に間延びして聞こえるあかねだった。
「はーい。それでは一旦休憩に入りまーす。」
ADの声に救われた気がした由香里は、周りに気づかれないように脚をすぼめて摺り足気味になりながらスタジオのすぐ外にあるトイレに駆け込もうとする。
「あ、由香里さん。待って。ちょっと相談があるの。」
声を掛けてきたのは吉村春江だった。由香里のこめかみからさっと血の気が引く。
「え、相談・・・?」
「そうなの。今、相談しておきたいことがあって。」
「えーっ、今じゃないと駄目?」
「ええ、今すぐ。」
吉村は窮地に立つ由香里を前にして、何故か笑っているような顔をしている。
「あ、駄目っ。ごめんなさい。ちょっと待ってて。今すぐ、戻って来るから。」
最早、恥も外聞もないような格好で下腹を抑えるようにしてトイレに急ぐ由香里だった。しかし、スタジオの扉を擦り抜けてトイレに繋がる廊下に出た由香里は蒼褪める。すぐ先にある女子トイレの前には掃除中の看板が掲げられていたからだ。もう一刻の猶予もない由香里が焦った。
慌てて出てきてしまったので体操のウェアのままだった。上に何か羽織ってくる余裕もなかったのだ。それにトイレは廊下に出てすぐだからと思っていたのだ。
他の階に行くのはウェアのままというのは憚られたし、そこまで持つかどうかも心配だった。その時、同じフロアの反対側だが、当直者用の古いトイレがあることを思い出した。男女兼用で、男性用小便器と個室がひとつあるきりだが、他のフロアへ行くよりもましだと由香里は咄嗟に判断した。股間を抑えるようにして廊下を小走りで急ぐ。
(誰も居ませんように)祈るような気持ちで、シャワー室の隣の古い男女兼用のトイレの扉を開けた由香里に又も非情の光景がまっていた。個室の方の扉に「故障中、使用禁止」という貼紙がしてあったのだ。もう他のトイレに行っている余裕はなかった。かといって、男性小便器にする訳にもゆかない。

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