妄想小説
体操女子アシスタントの試練
一
「じゃあ、あかねさん。この話、受けること前提で前向きに捉えてくださるって思っていいのね。」
「勿論ですよ、稲村先輩。私、本当に就職先がなくて、このままどうしようって途方に暮れていたんですもの。こんないい話逃すなんてあり得ないわ。」
「そう。ならいいんだけど・・・。私も今のプロデューサに退職を申し出た時に、きちっと代役を見つけることが条件だって言われて。すぐに貴方のことが頭に浮かんだのだけど、もうどこかいい所に決まっちゃってるだろうなって思ってたの。」
「全然、ぜんぜーん。もう就職氷河期なんて言葉は今時流行らないけど、あの頃と事態はまったく変ってないんですよ。特に、私達体育会系の人間には学生時代のキャリアなんて生かすような仕事は殆どないし、そうなると、一般の法律とか経済とかやってた人達に比べられると、企業のリクルート担当の人からみて、私達なんて只の体育バカにしか見えないらしいんです。」
「まあ、体育バカはない・・・と思うけど。」
「私、テレビでよく観てたんですよ、先輩の事。ああ、私もああいう仕事に就けるんだったら、体操やってきた甲斐があるんだけどなあってずっと思ってたんです。でも、この仕事、全然公募とかないでしょ?」
「そう。限られた人数しか枠がないから、基本的に誰か辞める時の後任としてしかチャンスはないのよ。私もそうだった・・・。」
さゆりは後輩のあかねを観ながら、自分が同じ様に先輩から声を掛けられた時の事を思い返していた。
「ただ・・・。」
「え? ただ・・・って、何か心配な点でもあるんですか? 私、どんな事でも頑張って通用するように努力する覚悟はありますけど。」
「そう、覚悟よね・・・。実は、今のプロデューサって、とても優秀な人なんだけど。気分屋っていうか、機嫌損ねちゃうと後がなかなか難しいの。」
「あっはあ。ワンマンなタイプなんですね。」
「ま、そう言えるかな。なにしろ、番組そのものがもう時代遅れだっていうことで、取止めになる寸前だったところを、プロデューサを引き受けて持ち直させたぐらいだから。あまり有名ではないのだけれど、この番組ってかなりの数字を取っていて、局の上層部からの受けもとてもいいの。それも、東郷っていう方なんだけど、今のプロデューサになってから、それは評判がいいの、うちの番組は。」
(一部の人にとってはだけど)という言葉がさゆりの脳裏を掠めていたが、その言葉はぐっと堪えて呑みこんだ。
「私、精一杯頑張って、その東郷プロデューサに気にいられるようになります。いや、なって見せます。」
「そう? なら私からも推しておくから。」
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