股下長さの差

妄想小説

体操女子アシスタントの試練


 十四

 一回目の収録が終わったところで、あかねは一緒に演技をした原西恵に休憩中にそっと声を掛ける。
 「原西さん。私のコスチューム、ちょっときつ過ぎるようなんだけど・・・。どう思う?」
 声を掛けられた原西恵はちょっと眉を顰めると、あかねをスタジオの隅に引っ張って行く。
 「あのね、矢田さん。コスチュームの事を口にするのは厳禁なの。これはプロデューサが念入りに計算して誂えたものなんだから。」
 「あら、そうかしら。寸法を間違えたんじゃないかと思うんだけれど。」
 「身体にぴったりしてて、胸の線が出過ぎじゃないかっていうんでしょ。わざとそうなってるの。」
 「ええっ?」
 原西は俯き加減で更に声を潜める。
 「貴方、胸は大きいほうでしょう。だからわざとその胸の大きさを強調するようにすこしきつめにぴったりで作っているの。ほら、立川さんを観てっ。彼女、胸がぺちゃんこだから目立たないようにすこしだぶつくように胸周りが緩めになっているのよ。でも、これは言っちゃだめよ。」
 「そう言えば、原西さんのもちょっときつめに作ってあるみたい・・・。」
 「そうよ。私は胸は大きいほうだから。それだけじゃないのよ。そのスパッツだって、それぞれの身体に合せて作ってあるの。股から下の長さが微妙に違うのよ。」
 「え、そうなの?」
 「貴方は脚が長いから股の下が短く作ってあるの。長い脚がよけいすらっと長く見えるようによ。反対にそれほど脚が長くない人は股の下が少し長めなの。脚が短いのが目立たないようにする為よ。ほら、あの二人。背丈がほぼ一緒だけど股下の長さは結構違うの。脚の長い原西さんはスパッツの股下が短いでしょ。脚の長さを際立たせる為よ。もうひとりの今川さんはちょっと脚が短いのでわざとスパッツの股下は長くして脚の長さが目立たないようにしてるの。」
 「え、それじゃ・・・。」
 「あ、駄目。そんなに人のをじっくり観ちゃ。」
 あかねが少し離れたところに立っている立川のスパッツを観ていると慌てて原西が注意する。
 「本人は皆、それぞれに気が付いている筈よ。それを指摘するのは貴方は脚が短いわねって言ってるようなものなんだから。」
 そう言われてあかねは目の前の原西が穿いているスパッツをちらっと見てしまう。原西は決して背が高いほうではないが、胴に比べて脚は長いほうだとあかねも感じていた。その原西のスパッツは確かに股下部分が短いのだ。
 「貴方なんかは背も高いし、脚も長いから見栄えがするのよ。だから露出はその分多目って訳。でもそうではない人も居るから、その事は分ってても言わないことになってるの。だからあまり他の人のコスチュームはじろじろ見ないようにね。」
 「そ、そう・・・なんですね。」
 あかねは自分のコスチュームが胸の大きさを強調し、脚の露出を多目にしているのを喜んでいいのか悩ましく思うのだった。
 その時、ふとあかねはあることを思い出したのだった。
 「ね、原西さん。ついでだからちょっとお聞きしたいことがあるの。」
 「あら何かしら?」
 あかねはじっと原西の目を見ながら思い切って言ってみた。
 「最初の日の自己紹介の時に、稲村さゆり先輩の後任としてやることになりましたって言ったら、皆さんが変な反応だった気がするんです。わたしの気のせいかもしれないんですけど、わたし何か変な事、言いました?」
 「ああ、それね。」
 言われた原西はその時の事を思い返して頷いてみせたのだった。
 「あのね、あかりさん。稲村さんて、あなたもよく知ってる筈だけど、この業界ではそれ以上のものがあるの。いえ、あったの。」
 「稲村さんて、とてもスタイルがいいでしょ。脚もとても長いの。だから、体操ファンの間ではすば抜けて高い人気を誇っていたの。体操ファンっていうより、体操アシスタントファンって言ったほうがいいかな。」
 「体操アシスタントファン・・・ですか。」
 「あなたは何処までご存じか判らないけど、実はこの放送の視聴者は圧倒的に男性が多いの。それも自分で体操する為に観るんじゃなくて、私達体操アシスタントを観るのが目的なのよ。」
 「ええっ? そうなんですか。」
 「だからプロデューサもアシスタントのコスチュームに、それはそれは気をつかっているの。」
 「それで微妙に人夫々にサイズが違ってるって・・・?」
 「そうよ。今のプロデューサがこの番組を立て直して数字を伸ばしたのも、そこに目を付けたからなのっていうのは専らの噂よ。彼がコスチュームを大幅に改変した途端に数字がうなぎ登りなんですもの。」
 「知らなかったです、そんな事。」
 「まあ、一般の人はそうでしょうね。特に女性は。」
 「そんな目で観た事、一度もなかったです。」
 「そうよね。でも男の人の目は違うのよ。でね、稲村さんっていうのはそういう中でも別格中の別格だった訳。あの方、顔の見た目もいいし、スタイルは抜群だし、脚も長いし、人気が出るのは当然だわよね。そんな彼女が辞めるって言い出したんで、プロデューサやスタッフは大慌てだったの。」
 「え、じゃわたしが稲村さんの後任だって言ってしまったのは・・・。」
 「貴方は背も高いし、脚も長いからね。もしかしたら稲村さん以上なんじゃない? プロデューサから脚の長さ、測られなかった?」
 「い、いえ。まさか・・・そんな事。」
 慌ててそう言い繕ったあかねだったが、見られていたのではと思うほど狼狽していた。
 「自分から稲村さんの後を継げるのは私ぐらいしか居ないから・・・みたいな感じで取られたんでしょうね、きっと。」
 「そ、そんな・・・。わたし、決してそんなつもりじゃ・・・。」
 「あ、そろそろ次のテイクが始まるようだわ。無駄話ばかりしてないで、行きましょう。」
 原西がウィンクしてみせるのを、返事も出来ずに後に従うあかねだった。

あかね微笑

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