留守番 完結編
二
美鈴の家、というより屋敷は、家並みから少し外れた山の際にあった。昔の貴族の屋敷で、門から母屋まで100メートル以上はある。門から見ると、屋敷は山をバックにした広い敷地の奥にひっそりと見上げるように建っている。明治調の二階建て西洋館で、落ち着いたどっしりした構えの屋敷だった。
門にも鍵が掛かっており、滅多に使わない鍵束の中の一本を使うか、インターホンで呼び出して中から開けて貰うかしかしなければ開けることは出来ない。
勿論、この日は屋敷には誰も居ないので、美鈴はポケットから自分の鍵を出して門を開けた。中に入ると、しっかり門を閉ざした。両親から留守中はくれぐれも戸締まりを厳重にしておくように言われているのだ。
家に入って鞄を放り出すと、着替えるのも億劫になって、美鈴はセーラー服のまま玄関ホールの隅のソファに横になった。
その時、来客を告げるチャイムが鳴った。
「こんな時に、いったい誰かしら。」
留守中は誰も入れてはいけないときつく言い渡されている。
美鈴は起き上がって玄関脇のインターホンのスイッチを入れた。
「どなた様ですか。」
「あのオ、お届けものにあがったxx急便のものですが、・・・・」
昨今流行の宅配屋のようである。
「あの、・・・今日はまずいので届け直してくださるか門の外に置いていって戴けませんか。」
「届け直しは出来ないんです。それに高価な美術工芸品なのでここへ置いていくのは責任上ちょっと出来ないんですが。」
(美術工芸品? いったい何だろう。またパパの知り合いの人からの贈り物かしら。)
高価な工芸品と聞いて、ちょっと興味を惹かれた。父親は全く美術品には興味がないようだが、学校の美術部にも籍を置いている美鈴はこうしたものにはちょっとうるさいのだった。
(有名な配達屋さんだし、ちょっとぐらい大丈夫だろう。)
美鈴は門の鍵を開けることにした。
窓から覗くと、おおきな包みを抱きかかえた作業服姿の男が門を開け、玄関への道をゆっくり上がってくるのが見えた。
玄関の所で再びチャイムが鳴る。
「ああ、そこのところに置いていってくださって結構です。」
「でも、こういう物ですので・・・。一応、荷を解いて、壊れていないことを確認してもらわないと困るんですが。」
「・・・。そう、いいわ。じゃ、ちょっと待って下さい。」
美鈴がドアの錠を外すと、男が等身大ほどもある大きな包みを持って玄関ホールに入ってきた。
「じゃあ、ちょっと失礼して。」
そう言うと、男は上がり込んできて、包みをホールの真ん中に置くと、梱包を解き始めた。上のほうから梱包が解けてくると、どうも等身大のブロンズの像らしいことが分かってきた。フィレンツェのダビデ像に似ているようだと美鈴は思った。
「あの、判こ、用意願えますか。」
半分ほど荷が解けたところで男は美鈴のほうを見もしないでぶすっと言った。
「あっ、分かりました。ちょっとお待ちを。」
美鈴は二階の母親の部屋に印鑑を取りに行った。認印を持って階段のうえからホールを見下ろすと、もうすっかり荷は解けていた。ブロンズの裸像がちょうど向う側をむいている。つやつやした背中と尻が見えた。像は両手を腰に当て、胸をそらして立っているかのようだ。
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