留守番 完結編 第二部



先生訪問

 三十七

 「井上先生でいらっしゃいますね。お待ちしておりました。」
 屋敷の玄関口まで来て、ドアホンを押した薫に玄関ドアを開けて現れたのは先ほど屋敷の門で応答してくれた執事らしかった。
 「美鈴さんの担任の井上です。あの、美鈴さんは?」
 「すぐ降りていらっしゃると思います。あちらのサンルームのほうでお待ち頂くようにと仰せつかっておりますので。」
 執事と名乗る男が邸宅内へ入るよう案内するので、薫もそのまま屋敷内に入る。執事が案内したのは玄関ホールの中の入り口門が見渡せる側の大きな窓に面した一角だった。
 「今、お茶を用意致しますので。」
 執事がそう言いながら厨房らしき場所へ戻ろうとするのを薫は呼び止める。
 「あの、つかぬことを伺いますが今日恵子さんと仰る方が訪ねて来られませんでしたか?」
 薫は不安だったことを確かめるつもりで執事に訊いてみる。
 「ああ、恵子さま。美鈴様の仲良しの方ですね。いらっしゃいましたよ。」
 「えっ?」
 さきほど美鈴と交わした会話の内容と違うことに戸惑いを憶えた薫は更に問い返す。
 「その人は、どうされました?」
 「ああ、恵子さまでしたら多分今も裏庭の方にいらっしゃるかと。」
 「え、裏庭?」
 「左様でございます。もしよろしければ二階のアトリウムからご覧いただけると思いますので、案内いたしましょう。」
 「ああ。ではお願いします。」
 首を傾げながら執事の後について、二階へ上る階段を昇っていった薫だった。案内されたのは八角形の形をしてほぼ全面が窓に囲われた一室だった。その殆どが門のある正面を向いている為、執事が言う裏庭が見える方角というのは全面の窓のうちのごくほんのわずかな部分でしかない。
 「恵子様はあちらです。」
 執事が指差し示すほうをみると、遥か遠くに人影が見える。しかしそれは一糸纏わぬ裸の女性らしき姿なのだ。しかも両手を大きく横に広げていて、全裸なのに無防備な格好に見えるのだった。
 「え、あれっ。恵子さんなんですか?」
 「よく見えないでしょう。これでご覧ください。」
 執事が差し出したのはオペラグラスのような双眼鏡だった。それを借りて改めて眺めてみると、確かに間違いなく自分の生徒の恵子だった。しかも樹の十字架のような格好のものに両手を縛られて磔にされている。
 「え、恵子さん? あれって・・・。」
 後ろを振り向いて事態を訊ねようとした薫の手首にいきなり冷たい物が巻かれる。
 「えっ、何?」
 薫は全く予測してなかったことの連続で、何が起こっているのか把握出来ないでいた。しかし、あっと言う間に自分の片手が手錠で拘束され、その反対側が見下ろしている窓の手前に据えられた手摺りにガチャリという音と共に繋がれてしまったのだった。
 「な、何するのですか。こ、これは・・・。外してください、こんなものっ。」
 しかし冷静になって気づいた時には、自分は裏庭を見下ろすアトリウムの一角に手錠で手摺りに繋がれてしまっていたのだった。

美鈴

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