留守番 完結編



電車帰宅途中

   一

 「ねえ、恵子。今日、家に遊びに来ない。今日は誰も居ないのよ、うち。父上は外国へ出張中だし、お母様はそれをいいことにご実家に泊まりでお帰りになってらっしゃるし、おまけにお手伝いさんまで今日はお葬式だとかで田舎へ帰っちゃってるのよ。だから、今晩はしたい放題出来るって訳。ねえ、恵子。泊まりに来ないこと。滅多にないチャンスよ。」
 美鈴は朝の通学電車の中で、隣に立っている親友の恵子に楽しそうに話しかけている。美鈴はしかし、自分の話に耳を傾けているものが他にも居るなどとは思いもしなかった。美鈴の真正面の席に新聞を読む振りをしながら時々彼女たちを窺っている男が居た。毎日同じ電車に乗り合わせているのだが、美鈴たちは一向に気付かなかった。男は微かにほくそ笑んだ。
 (とうとう、いいチャンスがやってきたぞ。あの、上品そうな娘を思い通りにする、・・・。)
 「ごめんね、美鈴。今日はうちの父さんの誕生日なの。今晩は家でお祝いすることになってて、行けそうもないわ。」
 「そうなの。残念だわ。恵子以外には家に呼べそうな友達も居ないし、・・・。あ~あ、今晩はひとりか。やっぱり、悪いことはなかなか出来ないわね。」
 電車はいつものように、何某学院女子高校前でセーラー服姿の多くの女子高生達を降ろして走り出す。美鈴達も同じように降りていった。
 新聞に顔を隠していた男はその女子高生たちを見送りながら密かにその日の計画を練っているのだった。

 美鈴はいつもより早めに帰路についた。帰っても誰も居ないし、何もすることがない日に限って、学校も早く終わってしまうのだ。
 駅から五分ばかりの家までの道のりを美鈴は一人歩き出した。その後ろを、ひとりの男が気付かれないように後をつけていた。今朝、新聞に身を隠していた男だ。
 何も知らずに美鈴は歩いていく。

美鈴

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