妄想小説
女敏腕警護官への逆襲
十
「さっきの連中だが、私を狙った者たちという可能性はあるのだろうか?」
大臣は横に座ったことの言い訳のように冴子に訊ねてきた。冴子はどこまで言ったものか少し思案してから口を開いた。
「可能性はあると思います。山の中でパンクで立ち往生していた風を装っていましたが、実際はパンクしていませんでした。出る時に私が全部空気を抜いておきましたが。」
「我々が来ると知っていてあそこで待ち伏せしていたと・・・?」
「この山道はそんなに車が多く通る道ではありません。当てもなく待ち伏せするとは思えません。ただ、確証はありません。」
「我々がここを通ることを事前に察知していたというのかね。」
「それはまだ判りません。可能性があるということです。」
「この車に乗り換えることは出発直前に聞いたのだが、何時それを決めたのかね?」
「出発直前です。さきほどラジオでお聞きになったと思いますが、大臣が乗る筈だった車は爆破テロの攻撃を受けたようです。少なくともあちらのコースは事前に把握されていた可能性が高いと思われます。」
「ふうむ。それにしても凄い腕だな、君は。たいしたものだ。車に乗る時は、女性一人の護衛になると聞いて不安ではあったのだが・・・。」
「私にとっては独りのほうが護衛しやすいのです。咄嗟の判断の時に自分自身だけで決めれるからです。複数で護衛するのでは意思疎通が十分でないまま対処しなければなりません。人数が増えれば増えるほど、護らねばならない人間が増えるということです。」
「護らねばならない・・・? 君は常に護る側の立場だと? 護られる側にはならないのだね。」
「そういう職業ですから。」
「何時の間にか着替えたのだね。」
「スラックスはズタズタに切り裂かれてしまいましたから。ご覧になっていたのでしょう?」
「あ、いや。そのう・・・。」
返事に窮した様子から大臣は一部始終を見守っていたのことが知れた。大臣に下着一枚で闘うところを見られたのは特に恥ずかしいとは思っていなかった。
「あ、構いませんよ。女の脚は時としては武器になるのです。男の目に迷いを生じさせますから。」
「ふうむ、なるほど・・・。」
大臣の眼が一瞬、冴子の短いスカートから剥き出しの腿に泳いだように思えた。
大臣が所有する那須高原の別荘が見えてきた。かなり広大な敷地のようで建物のかなり手前から非常線が張られ、重装備の警官等による検問所が出来ている。
身分証を見せるまでもなく、検問所の警官が敬礼をして通してくれたのは助手席に大臣本人が乗っていたせいのようだった。
建物のエントランスに面したロータリーの前で車を停めると遠くから杉本が近づいてくるのが見えた。
「もうここまで来れば安心だ。この別荘がこちらの母屋なんだが、こことは別に温泉も付いている別宅がある。会談の間は両国の護衛部隊と軍隊が警護するので安心だ。帰り迄の間、そちらでゆっくり静養していてくれないか。」
「ありがとうございます。そうさせて頂きます。」
車を降りる大臣と入れ替わりで杉本が車に乗って来た。
「大丈夫だった、爆破の時?」
「ええ、おかげさまで。車自体は横転しましたが、道から転落するまでにはならなかったので。高速のインターを降りているランプの途中で最近工事をしたばかりのような箇所が目に入って、ここは危ないと思って持参するように言われたヘルメットをすぐ着用して、その直後でした。」
「なかなかいい勘をしてるわ。」
珍しく冴子が杉本の判断を褒める。
「でも運転手はちょっと怪我をしたようです。車が横転してすぐに、持たされた血糊の袋を思い出してすぐに破って首の周りに振り掛けました。こちらの護衛部隊も大怪我を負ったと騙されたようです。それで、それ以上の攻撃はありませんでした。」
「それで無事、貴方もここへ到着出来たという訳ね。」
「あれっ。途中で着替えたんですね。 そちらも何かあったのですか?」
杉本は冴子が何時の間にかミニスカートを着用しているのに気づいたのだった。
「大臣がこちらのほうがお気に入りだというものだから。サービスよ。」
冴子は惚けてみせたが、杉本は何らかの事が途中であったのだと推測するのだった。
「そんな事より、この免許証と携帯の出所を調べておいて。免許証は偽造みたいだけど、元の持ち主からグループとの関係性がある程度洗える筈。携帯は間違いなくプリペイドで身元を探れないヤツだと思うけど、購入した場所ぐらいは特定出来る筈だから。」
「分かりました。本部に送って調べておいて貰います。」
そのまま二人は大臣が進めてくれた別荘の別宅へと向かうのだった。
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