妄想小説
潜入捜査官 冴子 第二部
三十七
再び冴子は店にやってきたIT社長だという藤崎竜也の相手をしていた。
「何だい、その杖みたいな長い物は?」
フロアレディには似つかわしくない風呂敷のようなものに包まれた長い物を手にボックスにやってきた奈美を演じている冴子に藤崎が訊く。
「ああ、これ? う~ん、おまじないみたいなものかしら。護身用ね。」
「護身用? やばいものじゃないよね。」
「だから只のおまじないだってば。藤崎社長はこの店については情報通だって仰ってましたよね。三島たけるって人についてはご存知?」
冴子としては努めてさり気なく切り出してみたつもりだった。しかし藤崎の反応は鋭かった。
「どうして君が三島たけるなんか知っているんだ?」
「ああ、誰だったかしら。フロアレディの誰かが話してたのよ。最近姿見せないって。」
「ふうん・・・。前から思ってたんだけど、君って只のフロアレディじゃないみたいだね。」
突然藤崎に言われてぎくりとする冴子だった。
「あら、そう仰る藤崎さんだって、ただのIT社長には見えないわ。まるで探偵みたい。」
「まいったな、君には。ITってのはインテリジェント・テクノロジーっていってね。情報革新とか先進情報技術みたいな事なんだ。だから自然と情報通になっちまう。それで調べものなんかを頼まれることも多い。ま、探偵みたいな。」
「それで鬼源社長にも頼まれたって訳ね。」
これはまったくの冴子の当てずっぽうだった。しかし意外な言葉が返ってきたのだった。
「そこまで見抜かれてちゃしようがない。三島たけるのことも調べて欲しいって言われてたんだ。それと氷室恭平と倫子に不穏が動きがないかという点もね。けど、三島たけるの方はなかなか難しくてね。出自とかは親族の証明がないと戸籍なんかは調べようがないからね。」
「ねえ、取引しない? 三島たけるの出自の情報を教えてあげるから、氷室恭平の凌ぎについて教えてくれないかしら。」
冴子が出した情報交換の条件に藤崎はすぐに喰いついてきた。
「君が三島たけるについて何か知ってるのか。ふうむ。わかった。取引しよう。前に鬼源社長は昔の愛人の事件のせいで、麻薬取引は絶対にしない主義だと話したと思うんだけど、妻の連れ子の恭平がどうもそっちに手を染めようとしてるらしいことを感づいたようなんだ。それで僕に調べてくれないかって依頼が来てね。」
「で、どうなの。実際には。」
「おそらく鬼源に見つからないように陰でこそこそやっているらしい。どうも純子さんもそれに気づいて探りを入れていた節がある。」
「純子さん? 突然居なくなった人でしょ。」
「ああ、何でそんな事探りを入れていたのかわからないんだけど。で、三島たけるは純子さんにぞっこんになってね。最初は歯牙にもかけないって感じで純子さんからはつれなくされていたんだけど、どうも三島が純子さんの気を惹きたいばっかりに恭平の取引の情報を掴んで純子に教えようとしたみたいなんだ。」
「えっ、そうなの?」
「ああ、まず間違いない。そんな情報を耳にしたと思ったら三島も純子も急に居なくなっちまった。まさかとは思うんだが・・・。」
「そう、そんな事があったのね。」
「その辺はまだ確かめている段階なんだけどね。で、君の方の情報っていうのは?」
「三島は私生児で、母親は三島美沙っていうそうよ。」
「何だって? それじゃ・・・。」
「そう。おそらく鬼源の隠し子。でも確証はないみたいで、貴方に真偽を確かめて貰いたかったんじゃないの?」
「何処でそんな情報を?」
冴子は笑みを浮かべて誤魔化そうとする。
「私もこれで、結構顔が広くて、いろんな情報源を持っているの。普通の人では得られない情報を得られる裏の社会の人とか。」
「ふうん。怖いね、君も。」
「あら、そんな事ないわよ。ただの知りたがり。」
「まあ、いいけど。気を付けたほうがいいよ。他人には知られたくないことがあって、知られたら只じゃ済まさないってこともあるからね。」
「だからこれよ。このおまじない。」
そう言って風呂敷で包んだ鬼源から預かっている日本刀をそれとは言わずに掴んでみせたのだった。
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