妄想小説
潜入捜査官 冴子 第一部
三
冴子はすぐに純子とコンビを組んでいた新米捜査官の杉本雄太にコンタクトする。地味な商用ワゴン車でやってきた雄太は目張りをした後部座席に冴子を乗せると繁華街の裏手にある呑み屋街に案内する。
「あそこです。アンシャンテっていう看板が見えるでしょう。あそこが鬼源グループが経営するクラブの一つで、鬼源組の若い衆が結構出入りしています。また鬼源関連の会社幹部も客との接待でよく使っているようです。」
「それで、純子はあの店にフロアレディとして潜入していた訳ね。」
「そうです。ひとりだけでは心配なので、僕も黒服として入り込もうと画策していた矢先だったんです。桐島さんから連絡がありまして、近々取引があるらしくてその場所と時間の情報があとちょっとで取れそうだから待機してるように言われて待っていたんです。ところがそれからばったり連絡が来なくなって・・・。」
「純子が発見された場所は、鬼源グループとどういう関係が?」
「もうだいぶ前のことになりますが、山梨のあの近くに林道を開発するって事業に鬼源グループが関係していたようです。今はもう関係は無くなっているようですが、土地勘があったんでしょう。開発のほうもバブル崩壊の時に頓挫して、無人の山になっていたようです。」
「それで遺体を隠すには好都合と踏んだ訳ね。純子が接触を試みた相手っていうのは?」
「それはいろいろです。何せ客商売ですからね。それに純子さんは店でもかなり人気が高かったようです。どういう人物からの情報が引き出せそうだったのかが判る前に連絡が途絶えてしまって・・・。」
「そう・・・。ね、純子の身分はばれていたと思う?」
「それは牧島班長にも訊かれたんですが、なんとも言えません。私には危険が迫ったような事は一言も。突然だったんです、連絡が取れなくなったのは。」
「あの貼紙は何時から?」
冴子が指差し示したのはクラブ・アンシャンテの入り口扉の脇に貼ってあるフロア・レディ急募という貼紙だった。
「昨日からだと思います。純子さんが抜けて店も困っているんだと思います。他に何人も別の女性従業員は居るんですが、何せ人気ナンバーワンのフロア・レディだったみたいですから。」
「ふうん。そう・・・・。」
「え? 代わりとして入り込むおつもりですか。まだヤバイと思いますよ。だって、もし捜査官の潜入捜査だと気づいての事だったとしたら相当警戒している筈ですから。」
「そうね。でも、こうも考えられるわ。潜入捜査官だと見抜いて始末したんだとしたら、それこそ向こうにとってもヤバイと思ってるだろうから、そんなすぐに欠員の急募はしないんじゃない?」
「うーむ。そうとも言えるかもしれませんが・・・。」
杉本雄太はそんなすぐに失踪した捜査官の代りとして潜入に踏み切るなどとは思ってもみなかっただけに、冴子が狼狽えもせずに話を切り出したことに逆に狼狽えるのだった。
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