妄想小説
潜入捜査官 冴子
十九
「奈美さ~ん。谷亀金融の社長さんがご指名ですぅ。五番ボックスにお願いしま~すぅ。」
黒服のまとめ役である及川充郎が冴子に指名を告げる。
「ご贔屓で上得意の大事なお客様だから、愛想よくね。」
擦れ違いざまに及川が冴子に耳打ちする。冴子が指示された五番ボックスに向かうと見覚えのある顔がソファの奥にふんぞり返っている。
(あれは確か、デビューの日に自分に歌と踊りをやれと騒いだ男だわ。)
思い出しながら谷亀のボックスに入る。
「いやあ、奈美ちゃんだね。この間はボクのリクエストに答えてくれてありがとう。さ、こっちへお座りよ。」
谷亀が少し横に身をずらしてすぐ隣に座るように目配せをする。
「失礼します。」
営業スマイルを浮かべながら、谷亀の隣に腰を降ろすや、谷亀がさっき空けた場所を取り戻すかのように冴子の方に身を密着させてくる。
「いや、君。歌が上手いねえ。踊りもだけど。」
「ありがとうございます。今、新しいお酒お作りしますわ。えーっと谷亀様・・・でしたよね。」
「いや、このビールでいいよ。君も飲みなさい。もう名前、憶えて呉れたの? 嬉しいねえ、奈美ちゃん。じゃ、カンパーイ。」
「カンパーイ。社長さん、このお店。もう長いんですってね?」
「ああ、ここの社長がここ開いた頃から来てるからね。社長とは昔からの馴染みでね。」
「あら。そうなんですか。じゃあ、ここのママとも?」
「ここのママって・・・。倫子ちゃんの事?」
「ウチの社長の奥さんなんでしょ?」
「ああ、そうだけど・・・。ありゃ、もうママ・・・じゃないかな。」
「え、そうなんですかあ?」
「ああ。まあ、この店から追い出されたようなもんだから。」
「追い出された・・・? 私、このお店。来たばかりだから、人間関係がよくわからなくて。」
「ママはもう実際は純子ちゃんだったようなもんだから。」
「純子ちゃん? だったって・・・。」
「だって、もう居なくなっちゃったろ。だから鬼源の社長には、早く正式に純子ちゃんがここのママだって名乗らせてやればいいって言ったんだよ、俺は。」
「へえ? そうなんですか。純子って人、谷亀社長もよくご存知なんですか?」
話が純子に及んだところで、冴子は谷亀の気を惹くように膝頭をわざと谷亀の方に向ける。すると谷亀の方も冴子のロングドレスに包まれた太腿の上に無遠慮に手を乗せてくる。
「ああ、純子ちゃんには俺も随分贔屓にしてやったからねえ。」
「どんな方だったんですか、その純子さんって方?」
「へえ、純子ちゃんの事、知りたいの?」
そう言いながら谷亀は冴子の太腿の上に置いた手をさりげなくずらしてスカートの脇の方に手を伸ばす。冴子の穿いているロングドレスは踝ぐらいまで丈はあるのだが、脇に腰骨近くまで大きくスリットが入っているのて座ると横から生身の太腿がちらっと覗く。谷亀は人差し指を曲げると、そのスリットが切られた裾の端に指を滑り込ませるのだった。冴子はその手を払いのけたかったが、谷亀が純子の事を喋りそうなのでもう少しだけ我慢することにする。
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