妄想小説
潜入捜査官 冴子
十三
冴子が一旦化粧直しにパウダールームへ下がると先に戻ったエミリーが化粧直しをしている。店が始まる前に朱美が現れた時の咄嗟の対応を見て事情通だと判断した冴子は隣の化粧台に座るとさり気なくエミリーに話しを訊いてみようと近づいて行く。
「エミリーさんっていったかしら。」
「あ、奈美さん。お疲れさまです。凄かったですね、さっきは。あんなに歌と踊りがお上手だったなんて。どこで、あんなの習ったんですか?」
「ふふふ。前の店でいろいろ修行したから。」
化粧を直しながら、奈美はエミリーにウィンクしてみせる。
「ねえ、この店って・・・。ママは居ないの?」
「ママですか。以前は居たんですが・・・。あ、まだ、居ると言えばいるとも言えるかな?」
「え、どういう事?」
「社長の奥さん。倫子(みちこ)さんって言うんですが。元々はここのママさんなんです。でも・・・。」
「でも?」
「ええ。今、社長と奥さん。あんまり仲が良く無くなっちゃって。このお店は社長が奥さんの為に作ってあげたものなんですけど、もうこの店には出るなって社長が言い出しちゃって・・・。」
「それは・・・、社長さんの女性に絡んだこと・・・なのね?」
「さすが、鋭いですね。奥さんとはこの会社がこんなに大きくなる前に一緒になった古い仲みたいなんですけど。会社が大きくなってから好きな人が出来ちゃってね。まあ、よくある話だけど。」
「で、その人は…今?」
「亡くなったんです。会社が大きくなっていく時に敵対する会社が出てきて、その会社との抗争に巻き込まれたっていうか・・・。」
「まあ、まるでヤクザの世界ね。」
「え、ヤクザのって・・・。奈美さん、この会社ってどういう会社か知らないで・・・?」
「あ、そうか。まるで・・・じゃないわね。」
「でね。その美沙っていう人なんだけど。その人が新しいママになるんじゃないって専らの噂だったんだけど、その前に殺られちゃったって訳。それ以来、ママの席は空席なの。ま、一時は純子さんが次のママじゃないのって噂もあって。あの豊山モータースの社長さんなんかもすっごい乗り気だったんだけど。」
「へえ。純子さんて、そんな凄い人だったんだ。」
「でも、ぷいっと居なくなっちゃんたんだけどね。」
「そうなの。もったいないわね。」
冴子は、キャバ嬢たちには純子が殺されたことは知らされていないらしいと判断したのだった。
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