妄想小説
潜入捜査官 冴子 第一部
九
「ああ、桐島純子巡査長の件ね。解剖書見ならもう出てるわよ。えーっと、ちょっと待ってね。」
冴子がクラブ・アンシャンテに初出勤する前に、科捜研へ寄って桐島純子の司法解剖の結果を訊いておこうと思ったのだ。クラブは夕方からの出勤なのでまだ時間は充分にあったのだ。
「あ、これだわ。えーっと死因は診立てと同じで後背部からの鋭利な刃物による刺し傷からの出血死には間違いないわ。下腹部には多量の男性精液が認められている。あ、ただ膣内からは精液は検出されていないわね。」
「え、どういう事? 下腹部にあって膣内にはない? 」
「解剖では何故かまでは判らないわ。でも通常の性行為の結果ではないわね。」
「それって、もしかして偽装って事?」
「可能性はあるわ。ああ、それにね。」
「それに・・・?」
「発見された時、樹に吊るされていたんだけど手首に縄の痕がないの。」
「吊るされていたのに縄の痕がない?」
「あ、だから生体反応がなかったってことね。多分、先に殺されていて、その後吊るされたんでしょう。」
「発見された時の写真は・・・、あるのかしら?」
「そりゃ、もちろん。鑑識が撮っているわ。見る? あなた、知り合いなんでしょ。大丈夫?」
「ええ、知り合いだけど平気。冷静に受け止められると思う。」
「じゃあ、これよ。」
科捜研の女は冴子に一枚の写真を差し出す。
「えっ、これって・・・。わたしが想像してたのと随分感じが違うわ。十字架に磔にされたって聞いたような気がするのだけれど・・・。」
「十字架ではないわね。樹に吊るされたのは間違いないけど。」
「この腰に巻いているものは何?」
「さあ、褌のようなものかしらね。」
「全裸では無かったってこと?」
「まあ、殆ど全裸みたいなものだけど。」
「致命傷となった刺し傷は背中にあるのよね。」
「そう。この写真では見えないけど。肺の少し下あたりから斜め上方向に向かってね。刃渡り5cm、刃長さは50cmってくらいかしら。」
「ねえ、この格好で吊るされて後ろから刺されるって変じゃない?」
「ああ、だから手首に生体反応がないことから別の場所で刺されて死亡した後吊るされたのかもね。解剖ではそこまでは判らないけれど。」
「服を脱がされたのも死亡した後で、吊るされる前って可能性は?」
「現場に残っていた血痕から、その可能性は高いわね。証明は出来ないけれど。」
「衣服は残ってなかったのね。」
「現場にはね。身元が判らないように持ち去ったっていうのが普通に考えられることだけど。性的な暴行を受けたと思わせるようにする為かもしれないわね。精液が下半身にはあるのに膣内からは検出されなかったわけだから。」
(凌辱されて殺された訳ではなかった・・・。)
嘗ての同僚だった純子の遺体の姿を見るのは心が痛んだが、凌辱されての事では無かった可能性が高いことがせめてもの救いに感じられた冴子だった。
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