妄想小説
潜入捜査官 冴子 第二部
三十三
「藤崎さまは私がお相手します。」
IT社長だという藤崎竜也が店に入ってきたのを見て、及川に自分から接待すると申し出た冴子だった。
「まだご指名は伺ってませんが、いいんですか?」
指名が入れば指名料が付くのだが、そんな事は冴子にはどうでも良かった。
「いらっしゃいませ、藤崎さま。お相手、させて戴いてよろしいでしょうか?」
「おう、君か。今、まさに指名しようと思ってたところだよ。指名料、付けておいていいからね。」
「あら、ありがとうございます。あの、藤崎さまは鬼源の社長とはお仕事上のお付き合いではないんですよね。」
「鬼源興業かい? まあ、なくはないけれど。」
「あの、わたし・・・。IT会社ってどんなお仕事なのかさっぱり見当もつかないんですけど。鬼源興業みたいな土建業でも関係があるんですか。」
「いや、鬼源さんは土建業ったって他に色んなことに手を出されてるからね。それにこっちもITって言ったって、コンピュータを駆使した調査みたいなこともやってるんで、いろいろ接点はあるのさ。」
「そう言えばこの間、藤崎さまは情報通だって仰ってましたものね。」
「君。何か僕に聞きたいことがあるんじゃないの?」
「え?」
いきなり図星を指されて冴子はちょっと狼狽える。極力探りを入れているような言い方は避けていたつもりだったからだ。
「いえね。社長にはとてもよくして頂いているんですけど・・・。お仕事の方がちょっと心配で。何かよくないことでもしてるんじゃないかって、ちょっと心配にはなっていて・・・。」
「麻薬関係とか?」
次の答えもいきなり直球だった。冴子はとんでもない答えが返ってきたと驚いた振りをする。
「いや、何とか興業っていうと裏で暴力団と繋がってることはよくあるし、暴力団って言えばまず疑うのが麻薬取引・・・って思うのが一般的じゃないかと思ってね。」
「麻薬・・・? そういうの、関係あるんですか、鬼源組って。」
「いや、鬼源社長に限って言えばそれは無い。シャブのことを人一倍忌み嫌っているからね。」
(鬼源社長に限って言えば)というところがちょっと引っ掛かった冴子だった。
「人一倍忌み嫌うって、何か訳でもあるんですか?」
「実はね。鬼源社長には奥さん以外に以前好きな人が居てね。」
「ああ、突然居なくなった純子さんって方?」
「いや、純子のことも相当惚れ込んでいたみたいだけど、その前の女(ひと)。」
「それじゃ、美沙とかいう方のほうですね。」
「ああ、途中まで話したっけね。龍虎組との抗争に巻き込まれたって。それがね。実は美沙っていうのが龍虎組に囚われた時に、向こうの連中にシャブ漬けにされちゃったらしいんだ。それでそれが元で亡くなって。それ以来、鬼源社長は麻薬関係には一切手を出しちゃならねえって組全体に厳しくしてね。」
「へえ、そうだったんですか・・・。」
冴子はアテが外れたようで少し落胆する。しかし藤崎はその後意外な言葉を発したのだ。
「けど、組の中にはそれが面白くないっていう奴もいるらしいんだ。」
「いる・・・らしい?」
「まあ、それはそのうち薄々分ってくるんじゃないかな。一口に組って言ってもいろんなのが居るからね。」
最後は言葉を濁してその会話を終えたのだった。
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