情報交換

妄想小説


潜入捜査官 冴子



 十四

 「どうですか、そっちの様子は?」
 「まずはうまく潜入出来たってとこね。今のところ、警戒はされていないみたいね。」
 「すると、桐谷純子さんは身分はばれたって訳ではないけど殺されてしまったということになりますね。」
 「捜査上のミスではないことが原因で殺された可能性があるわ。ねえ、杉本君は外部から内偵を進めていたんでしょ。鬼源興業に出入りしている人間ってだいたい把握してるわよね。」
 「ええ、まあ。監視カメラの映像とかはずっと観ていますから。」
 「だったら、最近急に出入りしなくなった人間は居ないかあたってみて。」
 「ってことは何か人間関係のトラブルがあったとか?」
 「まだ判らないけど、純子は結構気に入られていたみたいなの。店でもかなりの人気だったみたいだし。逆恨みとかっていう線も考えられなくはないわ。」
 「判りました。引き続き監視カメラの映像を注意深く調べてみます。で、そろそろ隠しマイクとか持っていったほうがいいんじゃないですか?」
 「まだ駄目よ。鬼塚源蔵とは逢ってないから。まだ怪しまれる可能性がある。完全に信用を得てからよ。」
 「充分に気を付けてくださいよ。通信機器もなければ、いざという時に踏みこめないですから。」
 「わかったわ。その代りこっちが連絡するまで、一切接触は禁物よ。」
 杉本雄太と情報交換をした冴子はいよいよ鬼塚源蔵に近づく算段を始めるのだった。

車送迎

 「それじゃ、奈美姐さん。本社へ出発いたしやす。」
 「頼んだわ。」
 その日は鬼源こと鬼塚源蔵のほうへ出向くことになっている日だった。サングラスを掛けた組の若い衆の一人が車で迎えに来るので予め源蔵に指定されていたように和服を着こんで車に乗り込んだ冴子だった。
 「鬼源興業の本社って、随分山奥にあるのね。」
 車が市街地を離れてどんどん山の奥深い方へ登ってゆく。その景色を観ながら冴子は運転手の男に話しかけてみる。
 「そりゃ、鬼源興業は元々土建屋ですからね。デベロッパーとか最近は言うそうですが、扱う物件の大半は山奥の現場ですから。」
 「ふうん、そうなのね。」
 車は次々にカーブを切りながらどんどん山道を駆け登っていく。やがて太い道路から脇道に逸れると急に車道は狭くなり荒れた路面になった。
 「もうすぐですよ。あ、あそこに見えるでしょ。」

山善本社

 狭かった道が急に開けてだだっぴろい広場のような場所に出る。重機などを積んだ大型ドラックやダンプカーなどが何台も連なり並ぶ奥に倉庫兼事務所のような建物がある。その更に奥側に瓦葺の日本家屋が屋根だけ垣間見える。どうもそこが鬼源の住居らしかった。
 「ここが鬼源興業の本社って訳でして、その向こう側奥に社長の屋敷がありやす。今、そちら側へ車を廻しますんで。」
 冴子を乗せた黒い高級車は本社と呼ばれる工事現場の事務所のようなところを大回りしながら除けて裏手へと進んでいく。

saeko

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