メイサ和装

妄想小説


潜入捜査官 冴子 第一部



 六

 「いかがでしょうか、オーナー。」
 和装に帯を締めた格好で再び冴子が部屋に戻る。
 「ほう、なかなか似合っとるじゃないか。いいだろう。店には週四日出て貰おう。そして週一回は和服で本社の方に儂を訪ねてくるのだ。若い者に車で案内させることにする。それでいいな。」
 「勿論ですとも。ありがとうございます。精一杯勤めさせて頂きます。」
 こうしてまんまと冴子は潜入することに成功したのだった。

立ち聞き

 「おい、お前。そこで何してる?」
 「あ、いえ。何も・・・。何もしていませんが。」
 「嘘を吐くな。今、そこで中の話を立ち聞きしていただろ。」
 「いえ、そんな事・・・。し、失礼します。」
 足早に立ち去ろうとする純子の腕を男がさっと捉える。
 「ちょっと待ちな。お前、怪しいな。」
 「は、離してくださいっ。」
 「おい、何だ。うるさいぞ。そこで何やってんだ?」
 廊下の物音を聞きつけて、扉の中から別の男が首を出す。その一瞬の隙に乗じて純子は腕を掴んでいた男に肘鉄を喰わせると、掴んでいた手を振りきって廊下へ走り出す。
 「うっ、くそ。おい、誰かそいつを掴まえろ。話を立ち聞きしていたぞ。」
 純子は仲間が増える前に外に出なければと出口に急ぐ。しかしその前に出口側の廊下には男達が集まり掛けていた。純子は踵を返して角を立ち聞きをしていた部屋とは逆の方向に走り始める。目の前に扉が見える。
 (まずい。あそこは倉庫だったわ。)
 その倉庫は普段鍵が掛けられているのを純子は内偵の中で気づいていた。そしてその扉以外には出入り口のない袋小路なのだった。扉まで行きついてドアノブを回してみる。しかしやはり錠が掛かっていて扉はびくともしなかった。
 「よおし。追い詰めたぞ。おとなしくしな。」
 男達が何人も押し寄せてきていた。それを掻い潜って向こう側に出るのはもう不可能そうだった。男の一人が純子に飛びかかってくる。咄嗟に身を除けて腕を掴むと背中に捩じ上げる。
 「あいててて・・・。は、放しやがれ。このアマっ。」
 一人は抑え込んだものの、その先に打つ手がない。
 「おい、用心しろよ。こいつ、どうも武術の心得があるみてえだ。」
 「だったら、皆で一斉に飛びかかろうぜ。」
 「おう、それがいいや。」
 「みんな、いいか。構えろっ。」
 (うっ、まずいわ。あんなに大勢じゃ相手をしきれないわ。)
 「いくぞっ。せーのっ。それっ。」
 男の一人が合図をして男達が一斉に飛びかかってくる。純子は腕を捩じ上げていた男を向かってくる男達に向かって突き飛ばす。男が倒れ込んだので、それが邪魔になって男達が一旦ひるむ。しかし勝負はそこまでだった。
 「何、邪魔してやがんだ。どけっ。さあ、もう一度いくぞ。いいか。せーのっ。」
 一番最初に純子に掴みかかってきた男の手は手刀で振り払った。しかしその手を次の男に掴まれてしまう。振り払おうとする前に別の男の拳が鳩尾を襲った。それを手で受け止めようとしている間に首根っこを掴まれてしまう。あっと言う間に純子は男達に手足を全て掴まれて拘束されてしまったのだった。
 「おい、誰か。縄、持ってこい。」
 (縛られてしまう・・・。)
 そう思っている間にも、今度は自分の腕が背中に捩じ上げられ、床に跪かされてしまう。その手に男達が持ってきた縄が巻かれてゆく。
 「おい。何だ、これは。」
 男の一人が純子の着物の懐ろに手を突っ込むと、少し出ていた機器の端っこを掴んで引っ張りだす。
 「こ、こりゃ、ICレコーダーだぜ。こいつ、何者だ。」
 「とにかく、きっちり縛り上げて奥の部屋へ引き立てていけっ。」
 純子はもう抵抗するのは観念するしかないと覚悟を決めたのだった。

saeko

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