朝の検温

妄想小説

深夜病棟


 八

 「樫山さ~ん、起きておられますかぁ?」
 樫山は看護師が計器類を積んだワゴンを押してくる音と気配で先に目を醒ましていた。
 「ああ、神藤・・・さん、でしたっけ。おはようございます。」
 昨夜の看護師だったので、夜勤だったことが判る。
 「よくお休みになれましたか?」
 「ええ、睡眠導入剤がよく効いたみたいです。何か変な夢、見ちゃったみたいで。」
 樫山は夜半に呑んだことは伏せておいた。
 「えーっ? どんな夢ですかぁ?」
 「あーっと、ちょっと人に言えないような・・・。」
 「ああ、その手のやつですね。いや、言わなくていいです。」
 看護師は勝手に想像した様子だった。
 「昨夜は何処かでテレビかラジオが点いていましたか?」
 「さあ、テレビが点いているとしたら洗濯機のあるリネン室かしら。でも廊下では何も聞こえませんでしたよ。あそこは扉が閉まってましたから。」
 「ああ、そうですか。気のせいか・・・、夢かな?」
 樫山は人の話し声のほうには触れないことにした。樫山には男女の睦み声のように聞こえたからだった。
 「えーっと、今朝はまず血糖値を計りますので。どちらの手でもいいですから指を一本、腹を上にして出してください。」
 樫山が右手の人差し指を伸ばして差し出すと、看護師がその手首を掴む。その温かい感触が記憶を呼び覚ます。
 (この手で握ったんだ・・・。)
 想像しただけで、股間が疼いてくるのが感じられる。
 「え、どうかしました?」
 「あ、いや。なんでもありません。」
 樫山は看護師が怪訝そうな顔をしたので、顔色に出たかと思い惚けて視線を逸らす。
 「ちょっとチクっとしますよ。はいっ、ごめんなさいね。」
 看護師は小さな針を指の腹に刺して血を出すと、計器で血糖値を測定する。
 「ああ、通常値ですね。じゃ、今度は検温と血圧です。」
 看護師が手渡す体温計を受け取ると樫山は腋の下に挟む。その体温計を差しこんだほうの腕を取ると血圧測定用のバンドを二の腕に巻いていく。樫山は素知らぬ振りをしてその腕の先をベッドから外側に少し突き出しておく。空気圧が上ったところで脇の下の体温計がピピピと音を立てる。
 「あ、大丈夫です。今、取りますから。」
 そう言って看護師は樫山に一歩近づくと腋の下に手を伸ばす。今度もベッドから外に突き出した手の先が看護師の太腿に触れてしまう。樫山はじっとしているだけなので、看護師のほうが太腿を触らせたような感じだった。
 「あ~、36度5分。平熱ですね。えーっと血圧も・・・・、上が130の・・・、下が85ですね。」
 看護師はワゴン上の計器の脇に置いてあった紙挟みの記入用紙に値を記入してゆく。樫山は視線が自分の方を向いていないので、改めてまじまじと看護師の顔をみつめる。気の強そうな凛としたところがあるが、目は優しそうだなとマスクから見えている顔半分だけで看護師を品定めする。
 「この後、今日の昼勤の担当が新しい点滴をしに来ますので。私は今日はこれまでとなります。」
 「ああ、どうも御苦労さまでした。ありがとうございます。」
 「いいえ。では、お大事に。」
 そう言うと綺麗な目の看護師はワゴンを押して出て行ってしまったのだった。

茉優

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