緊縛放置

妄想小説

深夜病棟


 十六

 <茉優の前夜の回想 続き>
 あの夜以来、池田とは病院で擦れ違っても直接話はしないようにしてきた茉優だった。あの時何があったのか、問い質したいのはやまやまだったが池田に直接訊くことは茉優には出来なかった。どんな恥ずかしい事を聞かされるのか判らなかったし、聞いても無かったことに出来る訳でもなかった。茉優に出来るのは、あんな事は何でもない事だったのだという振りをする事ぐらいだったからだ。とは言え、この二週間は心の休まることはない期間を過ごさねばならなかった。幾ら信じていた恋人に裏切られてやるせない気持ちで居たからと言って、前後の見境もつかぬ程酔っていたからとはいえ、男の部屋に何時の間にか入り込んで全裸で寝ていたのだ。言い訳の出来るような話ではなかった。
 そんな思いのまま過ごしていた二週間後の夜勤の殆ど誰も居ない病棟で池田に見せたいものがあると言われ、茉優には無視することが出来なかった。すぐ頭に浮かんだのは何か写真でも撮られたのではないかという事だった。今度どう池田と接するのかを決めるにも、確かめておかねばならないと茉優は思ったのだ。
 先を歩いていた池田が当直室までやって来ると、扉を開いて茉優のほうに先に入るようにと目配せする。大きく息を吐いて腹を決めると、茉優は先に立って当直室の中に入る。背後で池田も入ってきてドアを閉める音がする。
 振返ろうとした時に、パチンと音がして当直室の明りが消され真っ暗闇になってしまう。次の瞬間、茉優は手首を荒々しく掴まれ長椅子のソファの上に押し倒される。
 「何、なさるんですかっ。」
 抗議するように大声にならないように声をあげた茉優だったが、池田は意も介さぬかのように茉優の手首を背中側に捩じ上げると、その手首に縄を巻く。
 (縛られる・・・?)
 将に電光石火のような早業で茉優は池田に両手の自由を奪われてしまう。
 「どうしてこんなことを・・・?」
 「ふふふ。この間の続きさ。あの時だって、縛られるほうが燃えるって自分から言ってたよな。」
 「そ、そんなこと。わたしが・・・。」
 (言う筈がない)と言い切れる自信は茉優にはなかった。なにせ記憶が全くないのだ。
 『縛られる』という事には茉優にはトラウマのような思いがあった。振られた前の彼とのセックスの際に、何度か試してみたいとせがまれたことがあった。その度に茉優は「そんな事は絶対嫌だ」と拒絶してきたのだ。縛られる事に生理的な嫌悪感があった訳ではなかった。経験してみたいという気持ちがなかった訳でもない。しかし、一度それを許した自分がどう変わってしまうかが怖くもあったのだ。自分自身の内面を曝け出してしまうのではという畏れが、その事を踏み留まらせたのだった。あの時、もし赦していたらという思いもないではなかった。それを酔った勢いで口にしてしまったのではないかとそんな思いが、ふと茉優の脳裏をよぎったのだ。
 茉優の自由を奪ってしまうと、池田の手は既にナース服の下に穿いているスラックスのボタンに掛かっていた。
 「あ、駄目っ・・・。」
 「何を言ってるんだ。初めてじゃないんだし。」
 (初めてじゃない・・・? やはり、あの時してしまったんだ。)
 池田は性急な手付きで茉優のスラックスのボタンを外し、ジッパーを降ろすとスラックスを膝頭のところまでずり下げてしまう。そのせいで茉優は脚の自由も効かなくなってしまう。
 「駄目ですってば。こんなところで・・・。」
 「大丈夫さ。誰も来やしないし、内鍵も掛けてあるんだ。」
 「そんな・・・。」
 茉優は大声を挙げて助けを求めることも考えてみた。しかしそんな事になった経緯を洗いざらい話す事も出来ないとも思い逡巡してしまうのだった。
 「あっ・・・。」
 池田の手がショーツの中にまで忍び込んできた。
 「ほうれ、みろ。もうこんなに濡れてるじゃないか。やっぱり縛られるのが好きなスケベェなんだな、お前は。」
 「いやっ。そんな事、言わないでっ。」
 いきなり池田が仰向けになっていた茉優の両肩を掴んで俯せにひっくり返す。
 「さ、俺のモノを握って硬くさせるんだ。そしたらすぐに挿してやるっ。」
 縛られた茉優の両手にまだ勃起しきってない池田の陰茎が押し付けられ、無理やり握らされる。その時、自分の陰唇が濡れていると池田に言われたのは、ちょっと前に患者のペニスをこっそり握ってしまったせいではないかと気づいた。
 「あ、あの、違うんです。そんなんじゃないんです。」
 言い訳をしようとする茉優を無視するようにして、池田はペニスを押し付けながら茉優のショーツを降ろしにかかる。
 「あ、駄目えっ。」
 ピーン・ピーン・ピーン。
 茉優が観念しかかった時に壁のインターホンが鳴った。
 『池田先生っ。いらっしゃいますか。408号室の金田さんの容態が急変しました。今、酸素吸入をしています。すぐ来てください。池田先生っ。』
 看護師の悲痛な声がインターホンから響いてきた。
 「畜生。こんな時に・・・。く、くそう。」
 「先生っ。早く行かないと・・・。」
 「わかってるわい。ちょっとお前、このままで待ってろ。すぐ戻って来るからっ。」
 池田は茉優の身体を放してソファから起き上がると、下していたズボンを引き上げる。
 「えっ? 駄目ですぅ、先生。私も解いてっ。」
 「いいか。ここでちょっとの間、待ってろ。逃げるなよ。」
 そう言うと、池田は茉優の両手を縛った縄の端をソファの手摺りに繋いでしまう。
 「あ、嫌っ。解いて。このままにして行かないでぇ。」
 しかし池田は身繕いを手早く整えると、縛られたままの茉優を置いて当直室から小走りで出て行ってしまう。
 当直室のドアが閉まるや否や、茉優は身を起して後ろ手でソファに括り付けられた縄を解きにかかる。幸い慌てて括り付けたせいで、後ろ手の茉優でもなんとか結び目を解くのに成功する。
 両手の戒めはまだ解けなかったが、茉優もすぐに当直室を飛び出て廊下を一目散に走って、女子トイレの個室へ飛び込んだのだった。

茉優

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