夜勤明け

妄想小説

深夜病棟


 二十九

 「じゃあ、千春ちゃん。私、これで帰るからね。」
 「あ、神藤先輩。夜勤、お疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね。」
 夜勤の勤務時間を終えて、引継ぎを後輩の桂木千春に言付けてからナースセンターを出ようとする。そこへちょうど出勤してきたばかりの脳神経外科医師、池田が通りかかる。
 「おや、神藤君じゃないか。あれっ、昨晩は夜勤の当番じゃなかった筈じゃあ?」
 「あ、急にシフトに入れない看護師が出たので代わったのですわ。」
 「ふうん、そうかい。あ、神藤君。この間の話の続きがあったよね。今度一緒に飯でも食いながらどうかね?」
 「えっ?」
 池田に誘いを受けて、茉優は背中に虫唾が走るのを感じた。
 「私、病院の先生とは外で個人的なおつきあいをしないと決めていますので。」
 茉優は思い切って、きっぱりとそう言ってみた。すぐ傍に居た何人かの看護師の間で(クスっ)という笑い声が起きた。
 (誰だ、今笑った奴は)と言わんばかりの形相で、池田は後ろを振り向くが、看護師たちは何事も無かったかのように皆、下を向いて知らんふりをする。池田が看護師の一人に誘いを掛けて振られた格好なのは明らかだった。
 「あの、失礼します。」
 茉優はもう池田のほうを見る事もせず、そのまま立ち去ってゆく。
 (くそう、あの女・・・。)
 茉優のあまりに鮮やかな断り方に池田はカチンときた。
 (もう許さんぞ。最初は振られた男の代りに恋人になってやろうとまで思っていたが、そんな態度なら徹底的に懲らしめてやる。)
 池田は煮えくり返る腹の腸を、茉優に仕返しすることで収めようと心に決めたのだった。

茉優

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