妄想小説
深夜病棟
十三
<茉優の二週間前の回想>
あの夜、その日突然、茉優はそれまで付き合っていた彼から別れを言い渡されたのだった。既に向こうには新しい彼女が居る事も知ったのだった。結婚まで考えていて、何時プロポーズされるのかと待受けていただけにショックは大きかった。
その夜は仲間の看護師たちと一回だけ行ったことのあるバーへ独りで出掛けてつい深酒になっていた。そんな茉優の隣にやってきたのが、その店を常連にしている脳神経外科の医師である池田だったのだ。
「珍しいね。独りで呑んでいるのかい?」
同じ病棟の同じフロアで勤務しているので知らない訳ではないが、一緒に酒を飲むような付き合いでもない。普段だったら隣に座られたらすぐにも店を出たかもしれなかったが、その夜は独りで居るのが情けなく、淋しくもあったのだ。
「ちょっと嫌な事があって。たまにはパアーッと気晴らしでもしようなかって思ったんです。」
「ふうん。じゃ、付き合うよ。独り酒は身体に毒だよ。」
「独り…酒か。そうかもね。ねえ、マスターっ。これ、もう一杯。」
茉優はそれまで呑んでいたジン・トニックをマスターにお代わりを注文する。
「じゃ、僕はスコッチのソーダ割りを貰おうかな。」
運ばれてきたグラスを失礼にならないようにと、池田のグラスと合わせる。
「カンパーイっ。」
「いい呑みっぷりだね、君。」
「あら、そうかしら。あ、ちょっとお手洗いに行ってきますぅ。」
スツールから降りる際にちょっとふらついたが、頬を軽く叩いて独りトイレに向かったのだった。
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