点滴パック

妄想小説

深夜病棟


 十

 千春看護師が出て行って暫くして樫山は異変に気が付く。腕に刺した針から接合部までの点滴チューブが赤く染まってきていたのだ。点滴チューブが赤くなっているのを観るのは初めてだったので何かが異常なのだとすぐに気付いたのだ。すぐにナースコールのボタンを押す。

 「どうかしましたか、樫山さん?」
 やってきたのは自分の担当だという先ほどの千春看護師だった。
 「何かちょっとこのチューブが赤っぽいんで・・・。」
 樫山は腕から繋がっている接合部までのチューブを手を上げて看護師に見せる。
 「あら、血液が逆流してる。点滴が停まっちゃってるんだわ。わ、どうしよう。これ、交換かも。ちょ、ちょっと待っててくださいね。今すぐ来ますから。」
 そう言うと千春看護師は慌てた様子でナースセンターの方へ走って行く。看護師が居なくなったところで、琢也は自分の腕に繋がっている点滴チューブと接合部の止栓をチェックしてみる。点滴パック二つからチューブが伸びていて接合部でその二つが腕に繋がったチューブに接続されているのだが、腕からのチューブの接続先の止栓のマーキングが点滴チューブと垂直に交わる方向になっている。
 (二つのチューブを繋ぐ際に一旦止めた止栓を戻すのを忘れたのだな・・・。)
 しかし琢也は看護師には余計なことは言わないことに心を決めた。

 出て行った千春の代りにやってきたのは、朝まで夜勤で勤めていた神藤茉優だった。
 「何か点滴チューブで不都合があったとか・・・。ちょっと見させてくださいね。ああ、詰まっちゃってますね。これは交換だなあ。樫山さん、申し訳ないのですが点滴針を刺し直させて頂けますか?」
 「ああ、勿論いいですけど。どうかしたんですか?」
 琢也は試すように素知らぬ顔をして年配の方の看護師に訊いてみる。
 「チューブの捩じれとかで点滴液の流れがスムーズにいかないと血液が凝固して詰まっちゃうことがあるんです。管が細いので一旦詰まっちゃうと使い物にならなくなってしまうんです。今、外しますね。」
 「ああ、お願いします。なるほどね。」
 (看護師間であっても、迂闊にミスがあったなどとは言わないように教育されているのだな。)
 琢也は納得はいかないものの、得心はしていた。
 茉優は年配らしく落ち着いた手付きで腕に固定されていた針とチューブを抜き取ると新しい点滴針をセットする。
 「ちょっとチクっとします。」
 「はい、どうぞ。」
 「あっ・・・。」
 「どうかしました?」
 「ごめんなさい。ちょっと位置が悪かったようです。済みませんが、もう一度刺し直しても宜しいでしょうか?」
 琢也は一瞬(えっ?)と思ったが、顔色には出さないようにして微笑み返す。
 「大丈夫ですよ。どうぞ。」
 「済みません。じゃ、もう一度っ。どうですか? 痛くないですか?」
 琢也は軽く指を曲げてみる。
 「ああ、大丈夫だと思います。」
 「ごめんなさいね。二度も痛い思いをさせちゃって。」
 「いやいや、どうってことないです。」
 「そうですか。よかった。じゃ。私、夜勤明けなので。これで帰りますね。」
 「あ、夜勤明けだったですよね。済みません。私の為に遅くまで引き止めちゃって。」
 「いいえ。いつでも何かあったら言ってくださいね。お大事に。」
 そう言うと、余った器具などを纏めて病室を出て行く茉優を琢也は見送ったのだった。

茉優

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