妄想小説
深夜病棟
二十
一方の茉優のほうは、夜勤明けでぐったり疲れていた。看護師の夜勤は医師の当直と違って出番が無ければ当直室で仮眠を取るという訳にもゆかない。茉優の居る耳鼻科病棟は、池田の居る脳神経外科のように深夜に急変して緊急対応が必要になる患者は殆ど居ない代わりに、点滴の滴下状態の確認や24時間点滴の患者の定期的交換などを独りで順番に診て廻らなければならず休む暇もない。看護師寮の自分の部屋へ戻ってくると一気に眠気がやってきて着替える気力も無いままベッドに俯せになるとそのまま寝込んでしまうのだった。
「おい、大丈夫か? 起きろよ。」
肩を揺り動かされて、茉優はふっと目を醒ます。
「えっ、ここ何処?」
「何を言ってるんだ。僕のマンションの部屋だよ。憶えてないのかい?」
「え、どうしてここに?」
「寮に送ってゆこうとタクシーに乗せたら途中で吐きそうっていうから、僕のマンションの傍だったんですぐ降ろしたんじゃないか。」
「えっ。私、吐いたの?」
「ああ、さっきね。辛うじてタクシーを降りてからだけど。まだ吐きそうだっていうから、一旦僕のマンションの部屋に連れてきたんだよ。トイレ借りるっていうから案内したらそのまま静かなんで見に行ったら突っ伏して寝込んじゃってるから連れてきたんだよ。」
「え、そうだったんですか。済みません、色々迷惑かけちゃったみたいで・・・。ああ、頭がガンガンする。」
「大分呑んでいたからね。今、水をあげるよ。」
「あ、済みません。」
池田から手渡されたコップ一杯の水を呑むと少し落ち着いてきた。
「あの・・・・。私、何か変な事、言ってませんでしたか?」
「恋人から振られた話かい?」
「ああ、やっぱりその話をしたんだ・・・。」
「彼氏が縛ってセックスしたいっていうのを拒んだのが原因だって。」
「え? 私、そんな話までしたんですか?」
「憶えてないのか。しようがないなあ。散々あの時させておけばって、しつこく何度も言ってたぜ。」
「ああ、恥ずかしい・・・。」
「まあ、でもそうだろうな。セックスは相性だっていうから。そんな事で拒んだりするようじゃ、結婚は無理だろうな。」
「そうなんですか? 私がやっぱり悪かったのかしら・・・。」
「何でも一度試してみることだな。そんな大した事じゃないぜ。皆んなやってる事だし。」
「そうでしょうか・・・。」
「何なら今、ここで試してみるか? ちょうどいい紐があるし。」
「え、先生とですか?」
「いや、実際縛られるって、どんな感じになるか試してみるだけだよ。ほらっ、手を出してみて。」
池田が優しく茉優の両手を合わせて引き寄せる。
「ほら、こうして手首に巻きつけて・・・。」
「あ、そんな事・・・。」
「ほら、何でもないだろっ。」
目の前で両手が括られていくのだと思って茉優は安心して身を任せていた。しかし池田は片方の手首だけに紐を巻いていたと思っていたら、急に紐を巻いた手首を捩じらせて背中へ回す。
「あ、何っ・・・。」
「ほらっ。こうしてもう片方の手を出して。」
そう言った時には既にもう片方の手を取って茉優の背中へ引き寄せられていた。両方の手首が背中で括られてしまうのはあっと言う間だった。
「あ、駄目っ・・・。」
池田の手から逃れようともがいた事で、スカートの裾が大きく捲れ上り白い太腿が露わになる。裾を直そうにも手が使えない。その太腿を池田のねっとりした眼がじっと見つめているのに茉優は気づいた。
「ね、お願い。もう解いてっ・・・。」
スカートの乱れを直そうと腰を浮かして露わな脚を折り畳むと、池田の方に括られた背中の手を差し出す。しかし池田はその手ではなく、茉優の両肩を掴んでもう一度ベッドの上に引き倒す。
「どんな気持ちだい、両手の自由を奪われたのは?」
「怖いわ。もうやめて。」
「落ち着けよ。縛られたらどんな気分になるかちゃんと試しておかなくちゃ。そんな事だからふられちゃうんだよ。」
ふられたという言葉は茉優の胸にぐさっと刺さった。ふっと力が抜けてゆく。
池田が背中から肩を抱くようして手を伸ばしてくる。片方の腕で茉優の身体を支えておいて、もう片方の手は脇腹からゆっくり下半身の方へ降りてくる。池田の手が腰骨の辺りを探り当てると、その部分をゆっくりとまさぐり始める。
「ああっ・・・。」
茉優は思わず生唾を呑み込む。池田は耳元に息を吹きかけるようにして囁く。
「どうだい? 縛られただけで男の手が随分違って感じられるだろ。」
「ああ、いけないわ。駄目っ・・・。」
「もう大分感じているみたいだな。」
何時の間にかスカートをたくし上げられていたようで、池田の指が茉優の裸の腿に触れた。途端に茉優は身体に電気が走ったようにビクッと震える。
「ふふふ。感じたね。もうあそこも充分潤ってきてる筈だ。どうかな・・・?」
太腿に触れていた指が内側に滑り込んできて、そのまま足の付け根のほうに這い上っていく。
「ああ、駄目よ。いけないわ。ああっ・・・。」
身体を大きくのけ反らせたことでベッドから落ちそうになって茉優ははっと目を覚ました。何時の間にか自分の右手は捲り上げたスカートの奥でショーツの中心に押し当てられている。
(えっ、夢っ・・・?)
茉優は何時の間にか眠り込んでいて夢想していた事にショックを受ける。
(いやだわ。何てふしだらな夢をみていたんでしょう。え、あれは夢・・・よね?)
茉優自身にも、夢の妄想なのか、現実の記憶なのかがどうにもはっきり自信が持てないのだった。
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