千春担当

妄想小説

深夜病棟


 四十三

 「お早うございます、樫山さん。今日はまた私が担当です。」
 明るい声でカーテンを潜って入ってきたのは若い桂木千春だった。
 「ああ、君かあ。宜しくぅ。」
 「じゃ、今朝も検温と血圧測定から始めますね。」
 そう言うと、体温計を渡した後、樫山の二の腕に血圧計を巻いてゆく。
 「ゆうべは神藤先輩が夜勤の担当だったんですよね。」
 神藤という名前が出て、茉優の事だったと一瞬置いて思い出す。茉優が自分の身体を離れていったのはもう深夜の事だった。
 「ああ、そう。真夜中に点滴パックを替えて貰ったからね。」
 「なんか神藤先輩、変なんですよ。いつも顔を合わせて申送りの引継ぎをするのに、今朝はもう帰っちゃってて、申送りのメモだけ置いてあったんですよお。」
 「ふうん、そうだったの。」
 琢也は骨伝導が敏感になっているせいで聴こえてきたらしい当直室での会話を思い返していた。
 「ねえ、その神藤先輩って、浅野っていうお医者さんと知り合いなの?」
 「あれっ、どうして浅野先生の名前を御存じなんですか?」
 「うんと・・・、看護師の誰かさんに聞いたんだった気がするけど・・・。」
 琢也は言葉を濁した。
 「皆んな、神藤先輩は浅野先生と結婚すると思ってたんですよぉ。それが半年前ぐらいだったかな。浅野先輩、突然四国の方の関連病院に転勤になっちゃって。先輩は面倒みてるお母さんがこっちの方の施設に入院してるんで着いては行けなくて、結局そのままになっちゃったみたいなんですよね。」
 「へえ。何でその浅野ってお医者さんは転勤になったんだろうね?」
 「なんか色々噂はありましたけど、はっきりした情報は伝わらなくて・・・。先輩も何も教えてくれなかったんですよ。」
 「君、同じフロアの脳神経外科の池田先生って知ってる?」
 「もちろんですよ。同じフロアですもん。」
 「どんな人?」
 「あ~っ、どう言えばいいかな。私はちょっと苦手なタイプ。そう言えば神藤先輩、結構嫌ってたみたいでしたね。」
 「脳神経外科には君の知り合いの看護師は居ないの?」
 「居ますよ。小池美香っていう子。私と同期なんです。うちの仲田亜里沙も同期ですけど。」
 「へえ。仲良しなの、その美香って子と?」
 「凄っごく仲いいの。いつもお互い、色々相談しあったりしてる。この間も夜勤の時、緊急コールで呼び出しただけなのに、池田先生から凄っごく怒られたらしくて、泣きながら落ちこんでたんで慰めてあげたんですよ。」
 (あの時の看護師だったんだな。)
 そう琢也は思い出したが口には出さない。
 「その子、美香さんだけど信頼おける人かな?」
 「もちろんよ。請け負うわ。」
 「このフロアの夜勤もやってる当直医師で一番信頼おけるのは?」
 「うーんと、耳鼻科の羽黒先生かな。若い先生だけど、何でも相談に乗って貰える。池田先生とは正反対のタイプかな。でもなんで、そんな事・・・?」
 「ああ、いや。ちょっとお願いしたいことがいろいろあってね。君はこの病棟の看護師の中で一番信頼がおける人だけど、君以外にもお願いしたいことがあってね。」
 「へえ、そうなんですか。じゃ、今度ゆっくりお話し聞かせてくださいね。」
 「ああ、勿論だとも。お願いしますよ。」
 千春とは話はそこまでで朝のルーティーンを終えると千春は琢也の病室から出ていったのだった。

茉優

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