妄想小説
深夜病棟
二十一
「樫山さ~ん。今晩の夜勤の担当になります平野彩名ですぅ。今夜最後の点滴です。」
「あ、宜しくお願いします。」
カーテンを潜ってやってきた看護師も若そうではあったが昼間の千春ほどではなさそうで、最初の看護師、神藤茉優と同年か一つ下ぐらいに見えた。
「最初に検温と血圧測定しますね。」
琢也は渡された体温計を腋の下に挟むと、その腕を血圧計を巻いて貰う為に差し出す。彩名はさっとその腕に血圧計を巻きつけると腕をベッドからはみ出さないように寝かせる。そのせいで彩名が琢也のすぐ傍まで来ても琢也の腕は看護師の腿に触れることはなかった。
(やはり茉優さんのやり方はわざとだったのだろうか・・・。)
琢也は看護師の太腿に触れなかったからではないが、近づいた看護師の胸にぶら下っているネームプレートを確認する。ネームプレートの下には割と豊満そうな胸があった。ピピッと音がしたので血圧計を巻いた腕で体温計を取ろうとすると看護師が制する。
「あ、手は動かさないで。いいです。体温計は私が取りますから。」
そう言うと寝そべっている琢也のパジャマの襟を器用に掻き分けて体温計を探る。その手付きも慣れていて琢也の裸の胸に触れるようなことはなかった。
「36.7度。血圧のほうは・・・・、上が135、下が・・・65ですね。はい、じゃあ点滴を繋ぎます。」
点滴棒にパックをぶら下げる際に両手を持ち上げるので、やはり腋の下が露わになる。その間から胸の膨らみもはっきり見てとれる。じっと見ていると看護師と目が合ってしまった。
(ん・・・?)というような顔をして首を傾げる。
「あ、いや。あやな・・・さんて読むんですか、お名前?」
胸の膨らみを観ていた琢也はネームプレートを読んでいた振りをする。
「ええ。あやかっていうのはよくあるけど、あやなは珍しいかな?」
「ああ、そうかな。一応、何か頼む時の為に看護師さんの名前は確認して憶えておくように心掛けているんです。人の顔と名前がすぐ分からなくなっちゃうんで。」
「いいんですよ。担当の者じゃなくても気軽に声を掛けて。でも出来たら彩名って憶えてくれると嬉しいですけどね。」
人懐っこそうに看護師は笑みを浮かべる。
「今晩は隣の部屋は在室ですかね?」
「えーっと、こっち側はお二人入ってますね。反対側は空室かな・・・。」
「ちなみにゆうべは?」
「ゆうべは確か偶々ですが、どちらも空室でしたね。」
「そうですか。あの・・・、当直室ってあるんですか?」
「ああ、当直室は外の廊下を出て一番奥です。何か?」
「いや。夜中、話し声が聞こえた気がしたので。」
「うるさかった・・・ですか?」
「いや、そういう訳じゃないんですけど。何か耳の病気で聴こえが悪いと、骨伝導がその分却って敏感になっちゃうことがあるって聞いたんで。」
「骨伝導・・・ですか。起きてると聞こえないのにベッドに横になると聞こえるってやつですね。あるかもしれませんね、そういうのって。もし夜中に話し声でうるさいような事があったらナースコールで言ってください。注意しにいきますので。」
「あ、ありがとう。多分、大丈夫と思いますけど。」
「じゃ、11時頃、滴下状態の点検と、12時過ぎぐらいに取外しに来ます。眠っちゃってて大丈夫ですから。」
「あ、はいっ。よろしく。」
琢也はその時間はオナニーをしていないように気を付けなくてはと自分に言い聞かせるのだった。
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