妄想小説
深夜病棟
十七
そんな事を思い返しているとも知らない千春は、夜勤明けで帰ってゆく先輩の神藤茉優が何故か浮かない顔をしていたのと、池田医師の事を何故か気にしていたことが気に掛かっていた。
その頃、琢也の方は朝の検診で自分の担当医である柳沢医師と向き合っていた。
「どうですか、一日目の入院は?」
「ええ。鎮痛剤も効いてだいぶ楽になりました。点滴も今の所順調みたいです。」
「身体のふらつきはありませんか?」
琢也は看護師に呼び止められて倒れかけたことを思い出した。千春看護師の柔らかな胸のふくらみの感触が蘇ってくる。
「一度だけ、廊下でふらっとしましたが大丈夫でした。ちょっと油断しました。それからは急に動き出さないように気をつけたら今の所ふらっとすることはありません。」
「そうですか。じゃあ引き続き同じ薬を処方しておきます。耳の聞こえは如何ですか?」
「やっぱり罹患している左の耳のほうは聞こえが悪いみたいです。先生、つかぬ事を伺いますが耳の聞こえが悪くなると、骨伝導のほうが逆に敏感になるというような事はあり得ますか?」
「骨伝導ね。まあ、そういう例は外国では報告されたことがあるようです。皆がそうなる訳ではないようで、個人差も結構ありますから。」
有るような無いような返事の仕方だった。それで看護師は聴こえないと言っていたテレビの音や話し声が聞こえた話はそれ以上しないことにした琢也だった。
「ではまた明日の朝に。」
「先生、また宜しくお願いします。」
「はい、お大事に。」
病室に戻りかけた琢也は自分の今日の担当である桂木千春看護師が廊下を歩いてくるのをみとめた。
「樫山さあん。どうでした、今朝の診察は?」
「特に新しいことは言われませんでした。」
「刺し直した点滴針のほうは大丈夫ですか? ごめんなさいね。何度も痛い思いをさせちゃって。」
何度もという言葉を聞いて、琢也は千春の先輩だという茉優看護師が点滴針を刺すのに一度失敗したことを聞いているのかなと一瞬思ったが、そうでもなさそうだった。
「今日、お風呂はどうしますか? あ、お風呂って言っても、この病棟ではシャワーしか出来ませんけど。」
「シャワーは浴びられるんですか?」
「ええ、点滴の合間なら。点滴針からのチューブはビニルシートを巻いて水が掛からないように養生しますので、シャワーする時は声を掛けてください。」
「そうですか。じゃ、午後の一回目と二回目の点滴の間にしようかな。」
「予約表がナースセンターのところにあるので、空いていたら名前を記入しておいてくださいね。そしたら午後の点滴を外す時に養生もしちゃいますので。」
「じゃあ、お願いします。」
「今度は気を付けて歩いていってくださいね。」
「はい。じゃ、また後で。」
琢也はシャワールームの予約にナースセンターへ寄っていくことにしたのだった。
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