妄想小説
深夜病棟
三
「樫山さ~ん。お着替え、よろしいですかあ?」
「あ、はい。終わりました。」
樫山の応えにカーテンの向こう側で待機していたらしい看護師が閉められたカーテンをくぐるようにして入ってくる。幾つかの測定機器を載せたワゴンと点滴棒を牽いている。
看護師はスクラブ着というらしい、臙脂色の襟の無いナース服にぴったりした細身のパンツスラックスを合わせている。病院には馴染の無い樫山は、看護師というと白か薄いピンクのワンピースしか想像していなかったので意外だった。しかし、すぐに最近よく見る病院物のテレビドラマではこの手のナース服が今の流行りらしいことを思い出した。
「こういうの、スクラブ着っていうんですよね?」
樫山はテレビドラマで出ていた看護師の服をネットで検索してスクラブ着という言葉を知ったのだった。
「あ、そうなんですか。言い方は知らなかったんですがウチの病院ではこれの色違いが普通ですよ。」
「色分けは、役割とかに依るんですか?」
「いえ、個人の好みです。この臙脂色と紺色と・・・、あと水色があって、皆それぞれに好きなのを着ているようです。」
「へえ、そうなんですね。」
「お熱を計りますのでこれ、お願いします。」
看護師が手渡す体温計を樫山は脇の下に挟む。
「一緒に血圧も測定しますね。」
看護師は体温計を放した腕を取って袖を捲り上げる。看護師の柔らかくて暖かい手が自分の裸の腕に触れて、樫山は一瞬どきっとする。利き手の二の腕に看護師はてきぱきとした動作で血圧測定用の帯を巻いていく。
「ちょっと腕を伸ばしたままにして動かさないでくださいね。」
「あ、はい。」
樫山は答えながら看護師の胸元のネームプレートを盗み見る。神藤茉優という文字が読み取れる。
「ま・・ゆ・・さんですか?」
「あ、はい。神藤茉優といいます。本日から明日の明け方まで担当させて頂きます。
その時、樫山の腋の下で体温計がピピピと微かな音を立てる。体温計を差した方の腕に血圧計を巻かれてしまったので自分では体温計が取れない。
「あ、いいですよ。」
看護師が体温計を取ろうと一歩樫山に近づいたので、血圧計を巻かれて伸ばした手の先が看護師のスラックスの腿に一瞬触れる。樫山は手を引っ込めようとしたが動くなと言われていたのでそのままにする。看護師は患者の手が自分の腿に触れたことに気付いている筈だが気にしていない様子だった。事も無げに樫山の入院着の合わせた襟元に手を突っ込むと体温計を探る。またもや看護師の温かい手が樫山の裸の胸に触れ、その上を滑って行く。
「はい、失礼します。え~っと、36度2分。平熱ですね。」
血圧計もプシューという音を立てて充填されていたエアが抜け二の腕の圧力が下がっていく。
「血圧は・・・、上が140の、下が90ですね。はい、いいですよ。じゃあ、点滴をお繋ぎしますね。」
点滴用の針は担当医が診察の際に既に樫山の腕に刺していて、繋がっているチューブを纏めてテープで腕に貼り付けてある。看護師は立て膝を突くようにして樫山のベッドの脇にしゃがみ込むと纏めてあるチューブを解いて点滴バックからのチューブを繋ぎとめる。ベッドに横になっている樫山のすぐ横に看護師の顔が来て、長い睫毛の眼がすぐ傍に見える。しかし視線は繋いでいるチューブの方に集中していて、樫山が覗きこんでいる眼と合うことはなかった。
点滴チューブが繋がるとバックを両手で持ち上げて点滴棒の上のフックに取り付ける。その間、看護師の脇が無防備に露わになる。ノースリーブではないので腋の下の肌が見える訳ではないのだが、短い半袖から脇の際まで露わになりそうで、樫山はちょっとはらはらする。そんな樫山の視線には気づかないようで看護師は取り付けた点滴のビュレット部分の滴下の状態をチェックしている。
「こちらの看護師さんは、若い方が多いんですね。」
「えっ、あら・・・。」
樫山の指摘に看護師はちょっと複雑そうな微妙な笑みを見せた。しかし樫山にはその意味が分からないのだった。
「えーっと、このぐらいでいいですね。多分二時間くらいは掛かると思います。今日の点滴はこの後、夕食後に再度繋いで深夜までになりますので・・・。」
「あ、判りました。お願いします。」
看護師は明るく首を傾げて軽く会釈すると、ワゴンを牽いて病室を出ていったのだった。
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