理事長

妄想小説

深夜病棟


 四十九

 翌朝、緊急の理事会が病院内では開かれていた。勿論、池田医師の処分を巡っての話し合いだった。証言には琢也からいろいろ証言内容を言い含められていた千春があたっていた。
 「なるほど。だいたい様子は判った。君はもう下がって貰っていい。後は我々理事会メンバーで議論して処分を決めるから。それに患者の一人からも詳細な内部密告の情報があるのでそれで充分だ。」
 千春にはそれが樫山琢也からの情報であるのはすぐに分かった。
 千春が下がると、自宅謹慎になっていた池田本人が病院の理事会室に呼ばれる。
 「いや、違うんです。これは陰謀です。私は不正を質そうとしただけなんです。悪いのはあの看護師なんです。」
 「不正を質すだと? 何を言ってるんだ、君は。それじゃまるで我々理事会メンバーに不正があったような言い方じゃないか。それこそ言い掛かりというものだ。我々理事会は病院の経営を揺るがすような事態は未然に防がねばならない。やっぱり君は四国の関連病院へ移って貰うのが妥当のようだな。」
 「何ですって。四国の関連病院っていったら、この件の当事者の浅野が行かされてるところじゃないですか。」
 「知らんのかね。浅野医師はもう直にこの病院に復帰するのだよ。」
 「何だって。そんな事は俺が絶対にさせないぞ。俺にはちゃんとした証拠があるんだ。」
 「証拠? まさかこれの事じゃないだろうね。」
 理事長が池田に翳してみせたのは、池田が自分の抽斗に鍵を掛けてしまってあった筈の投薬カルテ、そのもののようだった。
 「え? どうしてそれが・・・。」
 「病院の機密情報を盗み出して、外部の記者に売ろうとしていたそうじゃないか。それこそまさに病院に対する背任行為だ。カルテを持ちだしたことも窃盗に値する。」
 カルテは脳神経外科の看護師、小池美香が琢也に言われてこっそり池田の診察着のポケットの鍵を使って盗み返したものだった。
 「君にはアルコール摂取中の者に併用禁止となっているベンゾジアゾビンを服用させた医師法違反、病院職員に脅迫による強制猥褻行為を強要させようとした職務規定違反という嫌疑も掛かっている。病院外持ち出し禁止の投薬カルテを無断持出しした病院内雇用契約違反、病院内の出来事を理事会に無断で記者に流出させようとした業務威力妨害罪とを合わせると罪状は相当重い事になるのだよ。君がその気なら裁判で争ってもいいのだ。どうするかね、池田医師。」
 「そ、それは・・・。」
 池田の知らない所では、琢也が千春に当直室に置いておかせたICレコーダーに録音された池田と羽黒医師との間の会話の音声情報、羽黒医師が池田から送られたという、眠らされた茉優の衣服を脱がして撮ったリベンジポルノ画像が証拠として既に提出されていたのだった。
 「わ、私が脳神経外科を抜けたら、この病院の脳神経外科はどうなると思っているのです?」
 「それは心配ご無用だよ。知らんのかね。羽黒竜太郎医師は脳神経外科の免許も持っているのだよ。次期脳神経外科部長就任予定だ。ちなみに耳鼻科には浅野医師が戻って来るし、神藤看護師は定年で辞める現看護師長に代わって新たに看護師長に就任予定なのだよ。」
 「な、何だって。それじゃ、俺の居場所はないってことじゃないか。」
 「大丈夫だよ。四国の関連病院は脳神経外科の医師を欲しがっているそうだ。安心したまえ。」
 しかしそれは池田にとっては処刑を宣告されたようなものだった。

 病室では樫山琢也の退院を祝って、神藤茉優、桂木千春、仲田亜里沙、小池美香などの面々が揃っていた。花束が千春から琢也に手渡される。
 「病院では是非、またいらして下さいは禁句なので、もう二度と来ないようにと言わなくてはならないのが残念です。お元気で。樫山さん。」
 「ありがとう、皆さん。大変、お世話になりました。」
 「お世話になったのはこちらのほうです。こちらこそ、ありがとうございました。」
 臙脂のスクラブ着タイプのナース服と白のスラックス姿に戻った茉優が最後にお礼の挨拶を述べたのだった。

 完

茉優

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