妄想小説
深夜病棟
二十二
「おっ、羽黒。今日、お前が当直なんだってな。」
「あれ、池田先輩っ。先輩の方は昨夜が当直で、今日は非番だったんじゃないんですか?」
「ああ、そうだが・・・。ちょっと忘れ物があって取りにきたんだが、お前が当直だって聞いてな。」
「俺に何か用ッスか?」
「いや、ちょっとな。同じ耳鼻科に神藤茉優ってナースがいるだろ?」
「ああ、茉優ちゃんね。えーっと、茉優ちゃんも今日は夜勤明けで非番かな?」
「半年前に四国の系列病院に異動した浅野って耳鼻科医と付き合ってたって噂があったよな。」
「ええ、結婚するだろうって専らの噂でしたね。でもあんな事になっちゃったんでご破算でしょ。」
「男運が無い女なんだな、茉優ってのは。その後、結婚前提で付き合い始めた男にもつい最近振られたらしいぜ。男を取っ替え引っ替えで結構、焦ってるんだな。」
「そうなんですかねえ。まだ若いと思うんだけどなあ。」
「あの位の歳になると焦るもんだよ。そう言えば例の浅野は医療過誤があったって自分から認めてそれで左遷になったんだろ?」
「確かそうだったと思います。アレルギー性の薬を間違って投与しちゃったとか。でも、当初は投薬カルテでは間違ってなかったって話だったんですが。」
「担当看護師は間違ってなかったって言ったのに、本人が認めて申告したって訳だ。」
「そうみたいですね。あの話はごく一部の医局の上層部だけで処理したんで、我々下々には正確な話は降りてこなかったんですよ。」
「そりゃ総合病院で医療過誤なんて話は経営問題に関わるからな。」
「でも何だって今頃、そんな話・・・?」
「あ、いや。ゆうべ久しぶりに神藤茉優の顔をみてな。えーっと誰だっけなと思って。」
「ああ、それで浅野の事を思い出したって訳ですか。」
「そうそう。それだけの事だ。あ、邪魔したな。俺はもう帰るから。」
「お疲れ様です。耳鼻科は滅多に夜間の緊急はないからあまり心配はないけど、今のうちに仮眠を取っておこうと思うので。」
「ああ、そうしといた方がいい。何時どんな事で呼ばれるか分からんからな。じゃあな。」
確かめたかった情報だけ確認すると耳鼻科の若手の医師、羽黒竜太郎が詰めている当直室を後にした池田だった。
(あとは医局に残っている筈の当時の投薬カルテを確認するだけだな・・・。)
そう心の中で呟くと、誰も居ない筈の耳鼻科の医局へ向かう池田だった。
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