妄想小説
深夜病棟
三十九
ジョボジョボジョボッ・・・。
耳を塞ぎたくなるような恥ずかしい音を立てて尿瓶のなかで茉優が放出する小水が跳ね上がる。下を向くとガラスの向こう側に嘗ての恋人の笑顔が歪んで見える。
(ああ、涼馬さん。赦して・・・。)
しかし、一旦出したゆばりはもう止めることが出来なかった。
「昔の恋人に向かって随分はしたない真似が出来るものだな。しかしこれで愛想も尽いただろ。え、どうだ?」
池田の勝ち誇ったような嗤いに、茉優は顔を俯かせて堪えているしかないのだった。
茉優は夜勤から昼勤への引継ぎをメモにして後輩の看護師、桂木千春宛に書いていた。今のままの格好では千春には恥ずかしくて顔を合わせられないと思ったからだ。
「何を書いているのだ。」
突然後ろから声を掛けられて、茉優ははっとして顔を上げる。そこには池田のふてぶてしそうな顔があった。
「あ、あの・・・。昼間勤務の者への申送りです。」
「ほう? 直接申送りをせずに帰るつもりか。」
「え? ええ。」
さっと書き終えるとすくっと立上って隣の千春の机に目もを置き、更衣室へ去ろうとする。
「何処へ行くのだ?」
「あの、更衣室へ。」
「その必要はない。そのままの格好で帰るのだ。」
「え?」
「今、タクシーを呼んである。ついて来なさい。」
(どうしよう・・・。)
茉優は迷った。しかし今の立場では、勝手に池田の命令を反故にするという訳にはゆかない。先にどんどん歩いてゆく池田の後を仕方なく追掛けることにした茉優だった。
既に外は明るくなってきていた。病院のロータリーにタクシーが一台、近づいてくる。池田が呼んだタクシーに違いなかった。
「手を後ろで組むのだ。私がいいと言うまで決して放してはならんぞ。」
「えっ?」
命じられた意味がわからないまま、茉優は手と手を背中に回して後ろ手に組む。タクシーが目の前に来て自動ドアが開くと、池田は顎で先に乗るように茉優を促す。仕方なく後ろ手を組んだままタクシーに乗り込むと、すぐに池田が付いて乗込んでくる。後部座席の真ん中の床が膨らんだ部分を乗り越えて奥に進もうとするのを池田が茉優のミニワンピースの裾を掴んで放さない。そのせいで後部座席の真ん中に床の膨らみを跨ぐ格好で乗せられてそこから動けなくなってしまった。床の膨らみのせいで足の先はそれを跨ぐように開かざるを得ないが、必死で膝同士を合わせて裾の奥が覗かないようにするのがやっとだった。かなり短いワンピースの下には下着を着けることを許されてないのだ。膝と膝の間を覗かれる訳にはゆかないのだった。その時、池田が両手を後ろで組んでいいと言うまで決して放さないことと言った意味が分かった。タクシーの運転手にワンピースの奥を覗かせようとしているのだった。
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